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姫の部屋と、下着という文化の壁

城へと連れて来られたしずかは、ガラテアの私室へ案内されていた。


 部屋の扉が開いた瞬間、空気が違う。


 柔らかな絨毯の踏み心地。

 光沢のあるカーテン。

 壁際に並ぶ調度品の一つ一つが、いちいち「高い」と主張している。


 ――これは、庶民の家とは別世界だ。


 しずかは静かに室内を見渡し、何も言わずにソファへ腰を下ろした。


 対するガラテアは、最初から妙に機嫌が良い。


 笑顔がやけに眩しい。


「お姉さま。お越しいただきありがとうございます!」


 侍女たちも数人控えており、既に布尺や紙、裁縫道具のようなものが準備されていた。


 ガラテアは一度咳払いをし、少し真面目な顔になる。


「それでは早速……採寸を致しますので」


 そして、にっこり。


「服を脱いでいただけますか?」


「……わかった」


 しずかは淡々と立ち上がり、ためらいなく服を脱ぎ始めた。


 その動作があまりに迷いがなく、侍女たちが一瞬だけ目を泳がせる。


 元王女のはずなのに、妙に割り切りが良い。


 そして数秒後。


 下着姿になったしずかを見た瞬間、ガラテアは固まった。


「……」


「……?」


 しずかは首を傾げる。


 ガラテアは、まるで信じられないものを見たように唇を震わせた。


「お姉さま……その下着は……」


 しずかが身に着けているのは、王族のものとは到底言えない。


 質素。

 簡素。

 悪く言えば、布。


 しずかは平然と答えた。


「ゆなが買ってきてくれた。平民はこういうのを着るみたい」


 その瞬間、ガラテアの中で何かが弾けた。


「…………」


 そして、両手で顔を覆った。


「お姉さま……なんということ……!」


 声の震え方が、悲劇のヒロインみたいだった。


 しずかは困惑した。


「……そんなに変?」


「変です!!」


 ガラテアは即答した。


「変というより、これは……いえ、平民の文化を否定するつもりはありませんが……!」


 妙に言葉を選んだあと、ガラテアは侍女に向き直り、素早く指示を出した。


「新品の下着を持ってきて。すぐに!」


 侍女が一礼して奥へ走る。


 ガラテアはしずかの肩を掴み、真剣な顔で言った。


「お姉さま、申し訳ございません。

 わたくしの未使用のものがございますので、そちらへお着換えを」


「……別にこれでいい」


「よくありません!」


 ガラテアの声が、部屋に響いた。


 しずかは、こういう時のガラテアが止まらないことを悟ったのか、諦めたように頷いた。


「……わかった」


 侍女に連れられ、しずかは奥の部屋へ向かう。


 その背中を見送りながら、ガラテアは胸に手を当てた。


「……お姉さまの生活環境が、想像以上に……」


 言葉の続きを飲み込む。


 何かを考え、眉を寄せた。


「……たけるさん……」


 ぽつりと零れた名前は、どこか責めるようで、どこか羨むようだった。


 しばらくして。


 奥の部屋から、しずかが戻ってきた。


 ガラテアの用意した下着を身に着けた姿。


 それを見た瞬間――ガラテアは、完全に息を止めた。


「……」


「……?」


 しずかはまた首を傾げた。


 ガラテアの視線が、真っ直ぐにしずかを捉えている。


 侍女たちも、無意識に息を呑んでいた。


 しずかの体型は、整いすぎていた。


 程よい身長。

 ふくよかな胸。

 細い腰。


 そして何より、肌の白さと黒髪が、異様なほど映える。


 ガラテアは、思わず呟いた。


「お姉さま……完璧ですわ……」


「……そう?」


 しずかは、全く嬉しそうではない。


 ガラテアはようやく我に返り、真面目に問いかける。


「お姉さま……その姿になってから、そのような体型になったのでしょうか?」


「……死んだ時の体型のまま。何も変わってない」


 ガラテアは、目を見開いた。


「それは……つまり……生きていた時から……?」


「……うん」


 ガラテアは震える声で言った。


「やはり……お姉さまは素晴らしいです……!」


「……ありがとう」


 温度差がひどい。


 そこからは、地獄の時間だった。


 ガラテアによる、しずかの衣装選定。


 ドレスを着せては首を傾げ、

 また別のドレスを着せては侍女と相談し、

 しずかが一歩動くたびに「美しい」と感嘆し、

 次の瞬間には「でも違う」と否定する。


「可憐すぎますわ……お姉さまはもっと……こう……」


「華やかすぎますわ……品が負けてしまいます……」


「これは……悪くないけれど、何かが足りません……!」


 しずかは無言だった。


 顔には出さないが、内心では確実に疲れていた。


 着せ替え人形扱いに、少しうんざりしている。


 ガラテアが侍女と話し込んだ隙に、しずかは静かにラックへ近づき、掛けられているドレスを眺め始めた。


(派手じゃなくていい)


(謁見で恥にならないなら、それで十分)


 そう思いながら視線を滑らせる。


 そこで、ふと。


 黒のドレスが目に留まった。


 胸元はきっちりと隠れ、布地も上質。

 腕の部分には手首まで柄が入ったシースルーのような装飾があり、上品にまとまっている。


 しずかはそれを手に取り、まじまじと見つめた。


 その時、背後から声がした。


「あら……お姉さま。そちらが気に入りましたの?」


 ガラテアが、嬉しそうに微笑んでいる。


「うん。これがいい」


 しずかの即答に、ガラテアは一瞬驚いた。


 だが、すぐに頷く。


「……確かに。

 お姉さまの雰囲気に合いますわ」


 ガラテアは侍女に指示を出し、しずかに着替えを促した。


 しばらくして。


 黒のドレスに身を包んだしずかが、部屋へ戻ってきた。


 それを見た瞬間、ガラテアは思わず息を呑んだ。


 黒は、しずかの白い肌を際立たせる。

 そして髪の黒と溶け合い、妙に統一感がある。


 何より、落ち着いた威厳が出た。


 まるで――王女の姿に戻ったようだった。


 ガラテアは小さく呟く。


「……お姉さま。凄く似合っていますわ」


「ありがとう」


 しずかはいつも通り淡々としていたが、どこか落ち着いたようにも見えた。


 ガラテアは満足そうに頷き、静かに微笑む。


「明日の謁見……これで問題ありませんわ」


 こうして、しずかの衣装は決まった。


 しかしガラテアは、まだ終わった顔をしていない。


 しずかはその視線を感じ取り、嫌な予感がした。


「……まだなにかある?」


 ガラテアは微笑んだまま言った。


「もちろんですわ。

 次は髪と装飾、それから寝間着も――」


「……」


 しずかは、静かに目を伏せた。


 長い夜になる。

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