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誰にでも立ち位置ってあるよね

あの夜。


 夕方に感じた冷たい視線のことが、どうにも気になっていた俺は――


 食後、しずかに声をかけた。


「なあ、しずか。なんか気になることでもある?」


 しずかは、いつもの無表情で俺を見て、


「……別にない」


 そう言った。


 声のトーンもいつも通り。


 表情もいつも通り。


 だけど――どこか、ほんの少しだけ刺があるような気がする。


 ……気のせいか?


 女の扱いは分からないから、何かあったら言ってくれ。


 前に俺はそう言った。


 だから、言わないなら本当に問題ないんだろう。


 俺は深く考えるのをやめた。


 それから俺は風呂に入り、さっぱりして戻ってきた。


 すると、ゆなが目を輝かせて言う。


「夜はお肉がいいです!」


「だろうな」


 昼に作った料理がよほど気に入ったらしい。


 買い物で買った高い肉を使い、俺は夜の料理に取り掛かった。


 たれは昼に試作したものを少し改良。


 甘味、塩味、香辛料のバランス。


 そして最後に、香りの強い調味料をほんの少し。


 焼いた肉に絡めた瞬間、湯気と匂いが立ち上り――


 これは、絶対うまい。


 そう確信できる香りがした。


 食卓に並べると、ゆなも、しずかも、エンデも無言で食べ始める。


 しずかが黙々と食べるのはいつものことだが――


 ゆなが無言になるのは珍しい。


 つまり、そういうことだ。


 結果は、完食。


 肉も、野菜も、スープも、全部消えた。


「……やっぱたれは正義だな」


 俺が呟くと、ゆなが力強く頷いた。


「はい!」


 しずかも小さく頷く。


「……うん」


 満足そうな空気に、俺も少しだけ誇らしくなった。


 そして、寝る時間。


「じゃあ、おやすみー」


 俺がゆなに声をかけると、ゆなも元気よく返す。


「おやすみなさい!」


 そのままゆなは部屋へ向かって歩き出した。


 ……が。


 なぜか、エンデもゆなの後ろをついていく。


「おーい、エンデ?」


 呼んでみたが、エンデは一度だけ振り向いただけで、すぐにまたゆなについて行ってしまった。


「……なんだよ」


 少し残念な気持ちになる。


 一緒に寝るつもりだったのに。


 でも猫は気まぐれだ。


 寝てる間に勝手にベッドに入ってくることもあるしな。


 俺はそう思うことにした。


 久しぶりに――


 俺と、しずか。


 二人で眠る夜だった。


「おやすみ」


 俺が言うと、


「……おやすみ」


 しずかが返す。


 それを聞いて、俺は目を閉じた。


 疲れていたのもある。


 だけど、頭の中は料理のことでいっぱいだった。


 さっきの肉料理。


 味は良かった。


 でも、どこか物足りない。


 もう少しコクが欲しい。


 次はどうする?


 甘味を増やす?


 それとも香り?


 酸味?


 そんなことを考えながら、俺は暗闇の中で思考を巡らせていた。


 すると――


 すっと、柔らかい感触が腕に当たった。


 しずかが、俺の腕に寄り添っている。


 いつの間にかくっついてくることはよくある。


 でも、今日は違う。


 おやすみを言った直後に、すぐに。


 まるで、確かめるように。


 俺は小さく声をかけた。


「……どうした?」


 しずかは何も答えない。


 ただ、俺の腕に顔を押し当てている。


 ……最近、一緒に寝てなかったもんな。


 エンデが来てからは、俺もエンデばかり構ってた。


 寂しかったのかもしれない。


 俺はそう思って、また料理のことを考えようとした。


 その時――


 小さな声が聞こえた。


「……おにいちゃん」


「……は?」


 耳を疑った。


 俺は目を開き、しずかを見る。


 赤い瞳が、暗闇の中でこちらを見上げていた。


 心臓が一拍遅れて跳ねる。


「えっと……急にどうした?」


 しずかは、少し視線を逸らして言う。


「……ゆなと会話してた時、言ってたから」


「あぁ……」


 夕方のやつか。


 妹だの兄だの言ったやつ。


 いや、でも。


 ゆなは妹みたいな感じだ。


 しずかは――違う。


 俺は少し困って、正直に言った。


「よくわからんけど、しずかのことは妹だと思ってないぞ」


「……えっ」


 しずかの声が、ほんの少し揺れた。


 俺は続ける。


「ゆなは妹って感じだけど、しずかは……なんだろ」


 言葉を探して、俺は天井を見つめた。


「一人の女性だと思ってる」


 その言葉が、妙に部屋に残った。


 しずかの目が少しだけ大きくなる。


 俺はさらに言った。


「だから、おにいちゃんって言われても困惑する」


 しずかはしばらく沈黙して、


「……そう」


 小さく呟いた。


 俺は笑って、安心させるように言う。


「うん。だから、しずかはいつも通りのしずかのままでいてほしい」


「……」


「俺は今の、しずかとゆなとの生活が楽しいと思ってる」


「……うん」


「変な関係になるのは、ちょっと困る」


 そう言って笑うと、しずかは少し考えてから答えた。


「それは……私もそう」


 声は静かで、でもどこか柔らかかった。


 俺はほっとして、目を閉じようとした。


 ――が。


 しずかが、ぽつりと聞いてきた。


「……たけるは、どんな人がタイプ?」


「……は?」


 まさかの恋愛トーク。


 いや、今このタイミングで!?


 俺は一瞬、頭が真っ白になった。


 タイプ。


 恋愛。


 そういう話をするような人生を、俺は送ってこなかった。


 そもそも俺は、恋愛経験がほぼない。


 現代でも、誰かと深く付き合ったことはない。


 ここに来てからは尚更だ。


 アスタナは論外。


 ルナも論外。


 クレアさんは……なんか違う。


 ガラテアも違う。


 ゆなは、妹みたいなもんだ。


 じゃあ、誰なんだ?


 俺は自然と、しずかを見た。


 暗闇の中で、静かにこちらを見つめている赤い瞳。


 一緒にいて疲れない。


 沈黙が苦じゃない。


 同じ部屋にいても、空気が穏やかだ。


 こうして一緒に眠っても、安心できる。


 それは――たぶん、特別だ。


 俺は少し照れくさくなって、素直に言った。


「タイプかはわからないけど……多分、しずかみたいな子がいいと思う」


 その瞬間。


 しずかの目が、ぱちっと大きく開いた。


「……そう」


 声が、少し弾んでいる。


 そして、腕に当たる感触が少し強まった。


 ぎゅっと。


 抱きつく力が、ほんの少しだけ増える。


 俺は心の中で、苦笑した。


 ……やっぱり、さっきの視線は気のせいじゃなかったな。


 それからは特に会話もなく。


 しずかの体温を感じながら、俺はゆっくり眠りについた。


 翌朝。


 目が覚めた時、しずかはまだ俺の腕の中にいた。


 そして、ほんの少しだけ――


 満足そうな顔をしていた気がした。

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