城からの招待状と、しずかの小さな違和感
護衛から手紙を受け取ると、俺は玄関先で軽く頭を下げた。
「ありがとうございます。確認します」
「では、失礼いたします」
護衛はそれだけ言うと去っていく。
……この家、最近ほんとに城との距離が近いな。
俺はため息をつきながら扉を閉め、手紙を持ったままテーブルへ向かった。
そこには、ゆなとしずか、そして――エンデ。
エンデはいつものようにテーブルの上で堂々と寝そべっている。
俺が席につくと、エンデは「何だ?」と言わんばかりに目を細めた。
「お城からですか?」
ゆなが不安そうに聞いてくる。
「ああ。たぶんな」
俺は封を切り、手紙を開いた。
すると、エンデまでスッと体を起こし、まるで当然のように手紙を覗き込んできた。
「お前も読む気かよ……」
だがエンデは知らん顔だ。
俺は手紙の内容を読み上げた。
『たける殿、ならびに同居人であるしずか殿へ。
先日の札の件、ならびに結界の解除と思しき現象について、王城にて改めて確認を行いたい。
ついては明後日、王城へ出向かれたし。
なお、本件は口外無用とする。』
読み終えた瞬間、俺は思わず天井を仰いだ。
「……わかってはいたけど、城に呼ばれすぎだよな」
乾いた笑いが出る。
ゆなも同じ気持ちだったのか、こくこくと頷いた。
「それは思います……。ほんとに……」
俺は視線をしずかへ向けた。
しずかは手紙をじっと見つめたまま、何かを考えているようだった。
顔に表情はない。
だが、いつもより沈んだ静けさがある。
「しずか。一緒に行く事になるけど……大丈夫そうか?」
俺がそう聞くと、しずかはゆっくり頷いた。
「……うん」
肯定はしてくれた。
けど、納得しているというより、覚悟しているような顔だ。
俺は少し慎重に言葉を選ぶ。
「行きたくないなら、俺から断ってみるけど。本当に大丈夫か?」
しずかは少し間を置いてから、淡々と答えた。
「……うん。一度断ると、余計に厄介な事になりそうだから」
「……確かに」
俺は納得した。
この世界の権力って、断ると逆に目をつけられる可能性がある。
しかも札の件は、こっちも事情を知りたい。
下手に刺激しない方がいい。
「じゃあ、行くか」
「……うん」
俺が決めると、ゆなも小さく息を吐いた。
そこで、ゆなが少し遠慮がちに口を開く。
「でも……お城に行くんですよね?」
「そうだな」
「たけるさんは割といつもの格好で行ってるみたいですけど……しずかさんも、いつもの服で大丈夫なんですか?」
その言葉に、俺は「確かに」と思ってしまった。
しずかの服は綺麗だ。
外出用としても問題ない。
けど、平民街で買った服だ。
王城となると……場違いな気がする。
俺はしずかの姿を見て、少しだけ考え込んだ。
「……うん。確かに、それはあるな」
俺はゆなへ聞いた。
「ゆな、どこかいい店とか知ってるか?」
ゆなは首を横に振った。
「うーん……私が知ってる中では、しずかさんの服はかなりいい方なんです。これ以上ってなると……」
そりゃそうだ。
宿屋の娘が、貴族御用達の店なんて知ってるわけがない。
俺は腕を組んだ。
「困ったな……」
すると、ゆながパッと顔を上げた。
「ルナさんに頼んで、王女様にお願いするのはどうですか?」
「……あー」
それは確かにありだ。
ルナはあの調子だし、アスタナとも距離が近い。
ガラテアも、しずかの家に二度来たくらいだし。
頼めば、案外あっさり服くらい用意してくれるかもしれない。
俺は頷いた。
「確かに、それなら早いか」
……ただ。
問題がある。
「でも俺、ルナが住んでる場所知らないんだよな」
俺がそう言うと、ゆなはなぜか胸を張った。
「私に任せて下さい!」
「え?」
自信満々な声に、俺が驚く。
「知ってるのか?」
「知らないですよ!」
即答だった。
「知らないのに任せろってどういう事だよ……」
俺が呆れると、ゆなはニコッと笑った。
「でも、多分すぐ見つけられます!」
「根拠は!?」
「勘です!」
勢いだけである。
だが、ゆなはもう止まらなかった。
「行ってきます!」
そう叫ぶと、ゆなは本当に玄関へ走り、そのまま外へ飛び出して行った。
「……え、マジで行ったぞ」
俺は呆然と呟く。
しずかはいつも通り、淡々と言った。
「……大丈夫だと思う」
「そうか……そうだといいな」
俺はため息をつき、椅子にもたれた。
部屋が静かになった。
さっきまでの慌ただしさが嘘みたいに、空気が落ち着く。
俺としずかとエンデ。
エンデは何も言わず、テーブルの上で尻尾を揺らしている。
俺はお茶をすすり、しずかも同じようにお茶を口にする。
沈黙は嫌じゃない。
むしろ心地いい。
だが――その沈黙を破ったのは、しずかだった。
「……たける」
「ん?どうした?」
しずかが自分から声をかけてくるのは珍しい。
俺は自然に姿勢を正した。
しずかは言葉を探すように、少しだけ間を置いてから言った。
「最近……たけると距離があるような気がする」
俺は一瞬、意味が分からなかった。
距離?
今、隣にいるだろ。
物理的には近い。
そう思ったが、しずかの声が思ったより真剣で、俺は冗談だと流せなかった。
「そうか?俺は……いつも通りだと思ってたけど」
しずかは視線を落とした。
「帰ってきた時の視線とか……ちょっとした事で、距離が空いてる気がする」
その言葉を聞いて、俺はふと気づいた。
……ああ。
そういう事か。
俺はしずかの髪を見た。
金色の髪。
綺麗だ。
綺麗すぎるくらいに。
だけど。
俺が知っている、あの黒髪じゃない。
帰ってきた時、俺は違和感を覚えて、無意識に見てしまっていた。
たぶん――その視線が、しずかには刺さったんだ。
俺は静かに息を吐いた。
そして、ようやく口を開いた。
「……しずか」
俺は言葉を選びながら続ける。
「距離があるっていうか……俺、髪の色が気になってたんだと思う」
しずかの瞳が、少しだけ揺れた。
俺はそれを見て確信した。
しずかは――気づいていた。
俺が何を見ていたのか。
俺は言った。
「金髪が嫌とかじゃない。むしろ綺麗だと思ってる」
しずかは無言だった。
俺は少し苦笑いしながら、正直に言った。
「でも、俺の中で“しずか”っていうと、黒髪のイメージが強いんだよ。だから、帰ってきた時に……つい、変だなって思っちまった」
しずかは何も言わない。
けど、その沈黙は怒りじゃない。
どこか――安心したような静けさだった。
俺は続ける。
「距離があるように見えたなら、ごめん。俺は……距離なんて置くつもりない」
その言葉に、しずかは小さく頷いた。
「……うん」
そして、ほんの少しだけ、俺の袖を掴んだ。
その仕草があまりにも小さくて、俺の胸が少しだけ痛くなる。
その時だった。
テーブルの上で静かに聞いていたエンデが、ふっと目を細めた。
そして、誰にも聞こえないくらい小さく鼻を鳴らす。
……まるで、
「やっと気づいたか、愚か者」
と言っているような顔だった。
俺はエンデを見て、嫌な予感しかしなかった。
「お前……なんか、余計な事考えてないよな?」
エンデは答えない。
ただ、尻尾だけがゆっくり揺れていた。




