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クッキーを出したら、全員が無言で奪い合った件

色々作りすぎたかなー……と思った。


 だが、テーブルに置かれた料理は――すべて平らげられていた。


 皿は空。


 鍋も空。


 スープの器すら綺麗に空。


 なんなら、野菜炒めの皿に残っていたソースまで、パンで拭いたように消えている。


 ……やりすぎたかもしれない。


 俺は呆然としながら、テーブルを見渡した。


 そして一番驚いたのは、エンデだ。


 いつの間にかエンデの皿も空になっている。


 あの小さい身体のどこに入ったんだよ。


 食べ終えたエンデは、満足そうに尻尾を揺らしながら俺の膝の上で丸くなっていた。


 その姿が妙に誇らしげで、俺は少し笑ってしまった。


「……ちゃんと全部食べたんだな」


 エンデは返事をしないが、当然だと言わんばかりに目を細める。


 猫ってこういうところあるよな。


 ゆなは椅子にもたれ、腹をさすりながら言った。


「美味しすぎて食べすぎました……」


「それはよかった。作った側としては嬉しい」


 しずかは淡々と、だが少しだけ得意げに言う。


「私はまだ食べられる」


「それは逆に怖いな」


 俺がそう言うと、ゆながクスクス笑った。


 しずかもほんの少しだけ目を細めた。


 空気が柔らかい。


 この家に戻ってきたな、という感覚が胸に広がる。


 俺は皿を片付け始めた。


「手伝いますよ」


 ゆなが立ち上がりかけたが、俺は首を振った。


「いいよ。今日は気分がいい。俺がやる」


「たけるさん、今日は料理人みたいですね!」


「今日だけな」


 洗い物をしながら、俺はふと思い出す。


 そうだ。


 まだあれがある。


 片付けが一段落したところで、俺はキッチンの隅に置いていた皿を持ち上げた。


 皿の上には、クッキーっぽいものが十枚ほど。


 形は不格好。


 だが、焼き色は悪くない。


「ちょっと作ってみたんだけど、食べてみてくれる?」


 俺がテーブルに置くと、ゆなが首を傾げた。


「これは……なんですか?」


「簡単に言うと、甘いもの」


「甘い……?」


 ゆなは言葉の意味を理解しているはずなのに、どこか想像がついていない顔だ。


 しずかも同じように皿を見ている。


 この世界では、こういう焼き菓子は一般的じゃないんだろうな。


 王族の食事ですら出てこなかったし。


「デザートってやつだな。食後に食べる」


「へぇ……」


 ゆなが恐る恐る一枚手に取る。


 しずかも同じように手に取る。


「じゃあ、いただきます」


 ゆなが口に運び――


 しずかもパクリと食べた。


 俺は二人の顔をじっと見た。


 反応が気になる。


 自信はあるけど、味見してない。


 この世界の材料だし、砂糖っぽいものも違う。


 うまくいってる保証はない。


 ……と、思っていた。


 その時だった。


 エンデが俺の腕をふみふみし始めた。


 まるで催促するように。


「お前も食べるのか?」


 返事はない。


 だが、視線は皿に釘付けだ。


「……分かったよ」


 俺は一枚取って、エンデの前に置いた。


 エンデはくんくんと匂いを嗅ぎ――


 サクッ、と小さく齧った。


 次の瞬間だった。


 エンデの目が見開かれた。


 明らかに瞳孔が開いている。


 そして。


 むしゃむしゃむしゃむしゃむしゃ――!


 信じられない速度で食べ始めた。


「え、そんなに気に入ったのか?」


 俺は思わず笑った。


 可愛い。


 可愛すぎる。


 食べ終えたエンデは、俺を見上げて前足でちょんちょんと催促する。


「もう一枚?」


 エンデは当然だという顔をしている。


 仕方ない。


 俺は皿に手を伸ばし――


 伸ばし――


 ……伸ばし?


 そこには、何もなかった。


「……えっ?」


 皿が空。


 まさかと思って顔を上げると、ゆなとしずかが無言でモグモグしている。


 その口の動きは、明らかに普通じゃない。


 完全に戦っている。


 取り合っている。


 そして――食い尽くしている。


「……全部食べたのか?」


 俺が呆然と呟くと、二人はようやく顔を上げた。


 ゆなは頬を膨らませたまま、満足そうに言う。


「……美味しすぎました」


 しずかも静かに頷く。


「……凄く気に入った」


「いや、俺まだ食べてないんだが……」


 正直、味見くらいしたかった。


 自分が作ったものを食べる権利くらいあるだろ。


 だが、二人は俺の言葉を聞こえなかったことにして、お茶を飲んだ。


 そしてゆなが、真顔で言う。


「たけるさん。夜もお願いします」


「え?」


 しずかも続けて言う。


「また食べたい」


 あまりに堂々とした食いしん坊発言に、俺は笑ってしまった。


「気に入ってくれたなら嬉しいけど……夜は作れないぞ」


 そう言うと、二人の顔が固まった。


「えっ!?」


 ゆなが目を見開く。


「それならまた買いに行くべきではないですか!?」


 しずかも真剣な目で頷いた。


「ゆなの言う通り。買いに行くべきだと思う」


「いや、落ち着け。太るぞ」


 俺がそう言うと、二人の動きが止まった。


 まるで時間が止まったみたいに。


 ゆなの目が泳ぎ、しずかが静かに視線を逸らす。


「……」


「……」


 分かりやすい。


 女って、甘いものの前では全員こうなるんだな。


 現代も異世界も変わらない。


 俺は苦笑しながら言った。


「またそのうち作るよ。今日は終わり」


 その時、また腕をふみふみされた。


 エンデだ。


「どうした?」


 俺が言うと、エンデはじーっと俺を見つめる。


 そして俺が「また今度な」と言った瞬間――


 エンデはゆなとしずかの方へ視線を向けた。


 その目が、妙に鋭い。


 殺気……?


 いや、猫が殺気出すとかある?


 だが確かに、二人へ向ける目は冷たい。


 まるでこう言っているようだった。


 ――“次は私の分を残しておけ”


 ゆなは気付かずに笑っているが、しずかはその視線に気付き、僅かに眉を動かした。


 空気が少しだけ張り詰めた。


 その瞬間。


 こんこん、と扉を叩く音が響いた。


 続けて聞こえる、聞き覚えのある声。


「たける殿。ご在宅か」


 護衛の声だ。


 俺は反射的にため息をついた。


 ――ああ。


 やっぱりな。


 楽しい日常は、長くは続かないらしい。

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