異世界で焼肉のタレを作ったら、二人が無言で食べ続けた件
初めての三人での買い物を終え、家に戻ってきた。
「ただいまー」
いつものように扉を開けると、そこにはエンデがいた。
留守番をしていたのか、それとも単にそこにいただけなのかは分からないが、こいつは当然のような顔でこちらを見上げている。
「ただいま。美味しいもの作ってやるから楽しみにしてろよ」
そう言って顎の下を撫でると、エンデは気持ちよさそうに目を細めた。
……猫ってこういうところ、ずるいよな。
荷物をキッチンへ運び、テーブルの上に食材を並べる。
肉、野菜、果物、香辛料、よく分からない粉、よく分からない液体。
俺のテンションは上がっていた。
こういうのは――楽しい。
「たけるさん! やっぱりこのお肉が今日の一番のメインですよね!?」
ゆなが目を輝かせて肉を両手で掲げる。
肉屋で買った、赤身が綺麗な厚めの肉だ。
値段もそれなりだった。
いや、正直高かった。
だが、今回は奮発した。
「この果物も美味しそう」
しずかはしずかで、果物の方をじっと見ている。
金色の髪が光を反射して、妙に目立つ。
……相変わらず綺麗だな。
「それも美味しそうですけどやっぱりこのお肉です!」
「分かる。分かるけどな」
俺は肉を見ながら言った。
「どんな調理をするかで、うまくなるかまずくなるかが決まる。俺も美味しく食べたいし、今日は色々な調味料を使って、この肉を美味しく食べるための“たれ”を作ろう」
「たれ……ですか?」
ゆなが首を傾げる。
「たれ?」
しずかも同じように首を傾げた。
そりゃそうだ。
この世界には照り焼きのたれも焼肉のたれもない。
ライアンの屋敷で食べた肉には、確かにソースがかかっていた。
だが――
正直、あれは万能じゃない。
上品すぎる。
味の暴力が足りない。
俺が欲しいのはもっとこう、胃袋にぶん殴ってくるやつだ。
現代の日本人が“肉”を食う時に求めるやつ。
つまり――焼肉のタレ。
俺が現代にいた頃、コンビニ飯がどうも苦手で、自炊ばかりしていた。
気付けば香辛料や調味料を買い漁って、結局使い切れずに余らせる。
そんなこともよくあった。
だが、俺はその余った調味料たちを見て、
「これで何か作れないか?」
と考えるのが好きだった。
適当に混ぜて、味見して、微調整して。
気付けばそれっぽい味になる。
そして友達に食わせると意外と好評だった。
……まあ、友達なんて片手で数えるほどしかいなかったけど。
今回はそれを、この世界でやるだけだ。
「とりあえず、色々試したいから。二人はゆっくりしててくれる?」
「はい!」
「……うん」
そう言ってキッチンに立ったはいいが。
ふと視線を感じた。
振り返ると――
ゆなとしずかとエンデが、揃って俺をじっと見ている。
「……いや、見られてるとやりづらいんだけど」
そう言ったのに、三人とも微動だにしない。
ゆなはワクワクした顔。
しずかは静かな期待の顔。
エンデは――偉そうな顔。
いや、なんでお前が審査員みたいな顔してんだよ。
仕方ない。
俺は諦めて、淡々と作業を始めた。
よく分からない香辛料の匂いを嗅ぐ。
舐めてみる。
苦い。
次。
甘い。
次。
辛い。
次。
……これは、なんだ?
変な酸味。
だが、嫌いじゃない。
「……よし」
適当に混ぜる。
火にかける。
香りが立つ。
……いい匂いだ。
肉のためのタレ。
それと、現代風の野菜炒めっぽいもの。
中華料理屋で出てくるスープっぽいもの。
それから香辛料のテストとして、ちょっとした炒め物。
さらに――
「折角だし、デザートも作るか」
クッキーならいけるだろう。
卵と粉と甘味料と油。
感覚で混ぜる。
焼く。
……まあ、形は不格好だが、匂いは勝ち確だった。
簡単なものを作るだけなら、そこまで時間はかからない。
料理をテーブルに並べると、ゆなとしずかの目がさらに輝いた。
……よしよし。
反応がいい。
「とりあえず最高の肉を食べるために、試験的に作ってみた。味付けに関して気になることがあれば教えてくれ」
そう言って二人に食べさせようとしたが――
足にちょんちょん、と何かが当たる。
下を見ると、エンデが前足で俺の足を叩いていた。
その目はこう言っている。
“私も食べる”
「……お前もか」
仕方ないので、同じ料理を少しずつ盛り付けて、エンデの前にも置く。
エンデは当然のようにそれを見下ろし――
ペロリと舌を出した。
そして普通に食べ始めた。
いや、普通に食うな。
猫っぽいのに。
「いただきます」
俺が手を合わせると、ゆなも慌てて真似をした。
「いただきます!」
しずかは静かに手を合わせる。
「……いただきます」
エンデは――当然のように食べている。
まあ、こいつはこいつだ。
俺も料理を口に運ぶ。
うん。
思った通りだ。
タレの味も、スープも、炒め物も。
どれも“それっぽい”。
ちゃんと現代の味に寄せられている。
途中で味見した時より、完成した状態の方がまとまっている。
これは成功だな。
俺は内心で頷きながら食べ進めた。
そして――ふと気付く。
ゆなとしずかが、何も喋らない。
ただ、黙々と食べている。
あまりにも無言で、箸が止まらない。
……え?
まずいのか?
気を遣って無理して食べてるのか?
いや、でも食べる速度が異常に速い。
しずかですら、いつもより動きが早い。
怖い。
俺は不安になって声をかけた。
「……どうだ?」
返事はない。
黙々と食べる。
さらに怖くなって、もう一度聞いた。
「味、どう?」
すると、ゆなが顔を上げた。
頬を膨らませたまま、目を輝かせて叫ぶ。
「たけるさん!! これ、美味しすぎます!!」
「……え?」
「こんなの食べた事ないです!!」
しずかも、珍しくはっきり言った。
「……私も。びっくりした」
表情は薄い。
だが、その目が、確実に熱を帯びている。
ああ――
これは本物の反応だ。
俺は思わず笑ってしまった。
「……よかった。黙って食べるから、まずいのかと思った」
「違います!! 美味しすぎて喋れなかったんです!!」
ゆなが興奮したまま言う。
しずかは小さく頷いた。
「……美味しいものは、言葉がいらない」
「いや、言葉は欲しいけどな」
俺がそう言うと、ゆなが笑った。
しずかも、ほんの少し口元が緩んだように見えた。
エンデは――
相変わらず偉そうに、黙って食べていた。
だが、その尻尾が、ほんの少しだけ揺れている。
……気に入ったってことだろう。
俺はそれを見て、なんだか妙に嬉しくなった。
たった料理を作っただけなのに。
この世界で――
俺はちゃんと、生きてる気がした。




