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初めての外の空気と、買い物の誘惑

街へ向かう道中。


 俺の後ろ半歩……いや、ほとんど俺の影に隠れるようにして歩くしずかと、俺の隣でやたらテンション高く歩くゆな。


「うわぁ……街って、こうやって歩くだけで楽しいですね!」


「お前は元々テンション高いからな」


「たけるさんが冷たいです!」


 そう言いながらも、ゆなは楽しそうに辺りを見回している。


 一方、しずかはフードを深くかぶったまま、周囲を警戒するように歩いていた。

 視線がこちらへ向くたび、俺の服の袖をきゅっと掴み、ぴたっと距離を詰めてくる。


 ……わかる。

 怖いよな。


 でも。


 こうして三人で歩く時間は、俺にとって妙に新鮮で、どこか嬉しかった。


 俺が異世界に来てから、色々なことがあったけど――

 こういう「普通の買い物」が、案外一番贅沢なのかもしれない。


 市場の通りへ入ると、ゆなが腕を組みながら小さく唸った。


「色々必要な物を考えると、お金かかっちゃいそうですね……」


「その辺は大丈夫。今回の仕事で結構稼げたからな」


 実際のところ、ライアンから渡された金貨のおかげで、今の俺は小金持ちだ。

 買い物程度で困るような状況じゃない。


 詳しく言う気はないけど、ゆなはそれで安心したのか、目を輝かせた。


「それなら!!」


 ……嫌な予感がした。


「高くて買えなかった、あのお肉買いたいです!!」


「いいよ」


「やったぁ!!」


 即答した俺に、ゆなは両手を上げて喜ぶ。

 そして次の瞬間には、商人の店先を指差していた。


「あっ!これも良さそうじゃないですか!?それにこれ!あとこれ!」


「待て待て、どんだけ買う気だよ」


「たけるさんが稼いだんですよね?なら使うべきです!」


 理屈が雑すぎる。


 だけど……。


 確かに、料理を作るなら色々試した方がいい。

 調味料も食材も、世界が違えば味も違う。


 何より――

 楽しそうにしてるゆなを見てると、断りにくい。


「……まあ、勢いで買ってみるか」


「さすがたけるさんです!!」


 ゆなのテンションがさらに上がる。


 肉屋で良さそうな肉を買い、香辛料を売っている店で見たこともない粉を買い、果物屋で酸っぱい果実を買い……。


 気付けば、俺の両手は袋でいっぱいだった。


 絶対、買いすぎてる。


 でも、こういうのも悪くない。


 俺は袋を持ち直しながら、しずかへ視線を向けた。


「しずかは何か欲しいものある?」


「……大丈夫」


 即答。

 その声も、どこか硬い。


 視線を感じるたび、しずかはまた俺の背中側へ隠れる。


 金髪に変えたとはいえ、しずかは元々の雰囲気が独特だ。

 そして何より、美しすぎる。


 目立たないわけがない。


 俺は少しだけ声を落とした。


「不安なのはわかる。だけど逆に今のしずか、目立ってるぞ」


 その言葉に、しずかがびくっと肩を震わせた。


「……」


 目を見開いて、俺を見上げる。


 俺は苦笑して続けた。


「人の目を避けようとして俺にくっつけばくっつくほど、逆に『なんだ?』って見られる」


「……」


 しずかは黙ったままだ。


 俺は立ち止まり、しずかの顔を覗き込むように言った。


「何かあったら、俺が何とかしてやる」


 しずかの目が、ほんの少し揺れる。


「今はさ、楽しむ事だけ考えてくれ」


「……」


「どれくらいぶりか分からないけど、久しぶりに外に出られたんだろ?」


 俺は軽く笑って言った。


「家に帰った時に、『楽しかった』って言ってくれたら、俺も嬉しい」


 しずかの表情が、一瞬だけ止まる。

 そしてゆっくりと、固かった目元がほどけていった。


「……うん。わかった」


 そう言って、しずかはかぶっていたフードを外した。


 金色の髪が、日の光を受けてきらりと輝く。


 ゆなが思わず声を上げた。


「しずかさん……すっごく綺麗……」


「……」


 しずかは何も言わない。

 けれど、少しだけ頬を赤くしたように見えた。


 俺はそれが嬉しくて、袋を持ったまま肩をすくめる。


「ほら、やっぱ目立つ」


「……たけるのせい」


 小さな声。

 その言い方が、少しだけ拗ねていて――


 俺は思わず笑ってしまった。


 そこからのしずかは、さっきまでとは別人みたいだった。


「これ……」


「それ、美味しそうですね!」


 ゆなと一緒に店先を覗き込み、果物を見て、布を触って、香りを確かめて。


 まだ少し硬さは残っているけれど、さっきよりずっと自然な顔をしている。


 俺はその二人の背中を見ながら、何とも言えない温かさを感じていた。


 ……これでいい。


 こういう時間が、俺の欲しかったものだったんだろうな。


 買い物をひと通り終えたところで、ふと頭をよぎった。


「……そういえば、アブソルどうなったんだ?」


 俺が呟くと、ゆなが首をかしげる。


「アブソルさん?あの変なお店の人ですか?」


「変なお店言うな」


「でも変ですよ!」


「否定できないのが腹立つな」


 俺は苦笑しながら、二人を連れてアブソルの店へ向かった。


 店に入った瞬間。


「……うわ」


 思わず声が漏れる。


 相変わらずガラクタの山。

 金属片、歯車、変な筒、意味不明な装置。


 ただ、前に来た時よりは少しだけ片付いていた。

 ……少しだけ。


 しずかとゆなが興味深そうに歩き回る。


「これって何に使うんでしょう?」


「これは……作り直せば使えるかもしれない」


「えっ、しずかさん分かるんですか!?」


「……なんとなく」


 ガラクタの中で目を光らせる二人。

 なんでそんなに適応力高いんだよ。


 そんなことを思っていると、奥から弾んだ声が聞こえた。


「ようこそ!いらっしゃい!」


 アブソルが顔を出した。


「……お、たけるくんじゃないか!」


「どうも」


 俺が軽く手を上げると、アブソルは嬉しそうに近寄ってくる。


「聞いてよ!王妃様から遣いが来てね!衛兵の方が色々買ってくれたんだよ!」


「へぇ……」


 あの人、ちゃんと買ってくれたのか。

 少し安心する。


 アブソルは興奮気味に話しながら、棚の上の品を手に取った。


「売れるって嬉しいね。やっぱり認められた気がする」


 だけど、その表情はどこか曇っていた。


「ただね……魔石があれば作れる僕の自信作は、売れないんだよ」


「……」


「折角こんな機会を貰えたのに、未完成品ばかり買い取ってもらうわけにもいかないしね」


 アブソルは笑っていたけど、目が笑っていなかった。


 俺はその言葉で、完全に忘れていたことを思い出す。


 ――魔石。


 やばい。


「すみません!!」


 俺は思わず頭を下げた。


「最近ちょっと忙しくて、取りに行くの忘れてました!」


 アブソルは一瞬驚いた顔をしたあと、すぐに手を振った。


「いいよいいよ!そんなの簡単じゃないしね」


 そして、いつもの柔らかい笑顔に戻る。


「できる時に取れたらいいな、くらいにしか思ってないよ。これは僕のわがままだし、たけるくんが気にする必要はない」


 ……優しい。


 だからこそ、余計に胸がちくっとした。


「いや……約束したし。近いうちに行く」


 俺がそう言うと、アブソルは少しだけ目を見開き、そして嬉しそうに笑った。


「うん。楽しみにしてるよ」


 その笑顔を見て、俺は心の中で決めた。


 魔石は、ちゃんと取りに行こう。


 次は忘れない。


 そして俺の横で、ゆながぽつりと呟く。


「……たけるさん、意外と真面目ですよね」


「意外ってなんだ」


「だって、普段は適当じゃないですか」


「否定できないのが腹立つな」


 しずかが小さく口を開いた。


「……でも、そういうところが、たける」


「褒めてんのかそれ」


「……褒めてる」


 その声は小さかったけど、確かに温度があった。


 俺は照れ隠しに袋を持ち直しながら、店を出る。


「よし。帰って料理作るぞ」


 ゆなが笑顔で拳を握る。


「はい!!」


 しずかも静かに頷いた。


「……うん」


 そして俺たちは、買い込んだ食材と、少しだけ前進した気持ちを抱えて家へ戻った。

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