王様の食卓より、いつもの家で
ただいまー、という気の抜けた声と一緒に、扉が開いた。
「おかえりなさい」
「……おかえり」
ゆなとしずかの声を受け取りながら、たけるは靴を脱いで部屋に入る。そして、いつものように椅子に座っているエンデと、立ったまま迎えてくれた二人を見比べて首をかしげた。
「……それで、なにしてるんだ?」
その一言に、ゆなが一拍遅れて大きく息を吸う。
「そ、そうです! エンデちゃんが!! 見てください!!」
「……?」
言われるままにエンデへ視線を向けるが、そこにいるのはいつも通りの、猫っぽい姿のままのエンデだった。白い毛並みも、紫の瞳も、変わったところはない。
「……うん? 特になにもないが」
「えっ」
間の抜けた声を漏らして、ゆなとしずかが同時にエンデを見る。
確かに、ついさっきまでそこにいたはずの“小さな少女”の姿は、どこにもなかった。
「……あれ? 元に戻ってる?」
混乱したまま呟くゆなをよそに、エンデは「何か?」と言いたげに尻尾を揺らしているだけだ。
「……まあいいか」
たけるは深く考えないタイプだった。
そんなことより、と手を叩く。
「俺の仕事、明後日からになったんだ。だから今日と明日、時間あるだろ?」
「はい?」
「……?」
「この二日、料理作ろうと思ってさ」
その言葉に、二人の視線が一斉にたけるへ向く。
「料理?」
「よく作ってる」
「いや、今回はちゃんと、だな」
たけるは頭を掻きながら続ける。
「この前の旅でさ、王様たちが食べてる料理を食べる機会があったんだけど……正直、思ったよりって感じだったんだ」
「えっ、王様の料理がですか?」
「場の雰囲気とかもあったと思うけどな。でもさ、どうせ美味いもの食うなら、ゆなとしずかと一緒の方がいいだろ?」
一瞬の沈黙のあと、ゆなの顔がぱっと明るくなる。
「王様が食べる料理より美味しいもの……! 食べたいです!」
「……私も」
「よし。じゃあ決まりだな」
たけるは満足そうに頷いた。
「とりあえず材料だな。買い出し行こう」
キッチンで何が必要かをぶつぶつ考え始めたたけるを横目に、ゆながしずかの方を見る。
「しずかさん! 初めての外出ですね!」
「……うん」
返事はあったが、表情は少し硬い。
「やっぱり、不安ですか?」
「……うん」
小さく、正直な答え。
ゆなは一瞬考えてから、迷いのない声で言った。
「でも大丈夫ですよ。たけるさんがいれば、絶対」
その言葉に、しずかの肩から少しだけ力が抜けた。
「……うん」
静かに頷いた、その足元に、こつん、と柔らかい感触が当たる。
視線を落とすと、エンデがじっと見上げていた。
「……なに?」
問いかけても、エンデは答えない。ただ、紫の瞳で見つめ返すだけだ。
その時、キッチンから声が飛んだ。
「エンデは留守番でいいか?」
たけるがしゃがみ込み、いつものように顎のあたりを撫でる。
「……」
「たけるさん! それはダメですよ!」
思わず叫んでしまったゆなに、たけるが目を瞬かせる。
「……どういう事?」
少女の姿を見た記憶が残っているゆなには、“少女を撫でるたける”に見えてしまうのだが、本人はまったく気づいていない。
その横で、しずかが淡々と言った。
「外に出して、逃げると大変。エンデは留守番した方がいい」
「だよな」
たけるは素直に頷く。
「すぐ戻るし、美味いもん作ってやるからな」
もう一度だけ撫でて、立ち上がる。
「じゃ、行くか」
三人は扉へ向かう。
その背中を、エンデは黙って見送っていた。
――そして。
しずかは、ふと立ち止まり、くるりと振り返ってエンデを見る。
一瞬だけ、視線が交わる。
何かを測るような、何かを確かめるような、静かな時間。
しずかは何も言わず、すぐに前を向くと、たけるの腕にそっとくっついた。
エンデはその様子を、相変わらず無表情で見つめていた。




