猫の姿をした、口うるさい真実
――声がした。
それも、はっきりとした女性の声だ。
「えっ……えっ!?」
ゆなは完全に思考が停止し、その場でおろおろと視線を彷徨わせている。
一方で、しずかはやはりと言うべきか、身構えたままエンデから目を離さない。
「……やっぱり」
警戒は、正しかった。
「この姿では混乱するか?」
声は、確かにエンデの方から聞こえている。
だが、口が動いている様子はない。
「よし」
その一言を合図に、
淡い光がエンデの身体を包み込んだ。
白い毛並みがほどけるように光へと溶け、
輪郭がゆっくりと変わっていく。
次の瞬間。
そこにいたのは――
白銀の長い髪を揺らす、小柄な少女の姿だった。
紫の大きな瞳。
額には、猫の時と同じ小さな角のような突起。
見た目だけなら、どこか神秘的で、
少し偉そうな雰囲気を纏っている。
ただし。
身長はせいぜい百四十センチほど。
「……これなら、よかろう」
テーブルに腰掛け、腕を組みながらエンデは言った。
「して、おぬしらは何をしておる?」
そして、いきなり本題に切り込む。
「気になるオスがおるなら、もっと積極的に愛情表現をすべきだろう?
曖昧な態度では、オスは好意に気づかんぞ」
内容の破壊力が強すぎた。
「ええええええっ!?」
ゆなの悲鳴が部屋に響く。
「ど、どういうことですか!?
エンデちゃん、人だったんですか!?」
「人?」
エンデは鼻で笑った。
「人間ではない。魔族じゃ」
「ま、魔族……?」
ゆなは即座に隣を見る。
「しずかさん、わかります?」
「……知らない。聞いたこともない」
王族であるしずかが知らない。
それだけで、この言葉の異質さが伝わる。
二人が混乱しているのを見て、
エンデは面倒くさそうに肩をすくめた。
「まあ、この世界でいう人間と大差はないと思ってよい。
種族名みたいなものじゃ。深く考えるな」
偉そうに頬杖をつきながら言う姿は、
まったく反省の色がない。
しずかが一歩、前に出る。
「……その魔族が、どうして姿を変えてたけるについてきたの?」
声音は冷たい。
感情より、確認を優先する声だ。
「……ふむ」
エンデは少し考え込むように視線を泳がせた後、
「面白そうな気配がしたから、じゃな」
「……はっ?」
「はい?」
しずかとゆなの声が、きれいに重なった。
「少し前、事故でこの世界に飛ばされての。
元の世界よりも小さくなり、姿も戻らん」
淡々と語る。
「この姿のまま色々見て回っておったが、
子供扱いされたり、連れ去られそうになったりで面倒でな。
だから、あの姿で様子を見ておった」
そして、紫の瞳が細められる。
「そんな時に、たけると会った。
――妙に面白そうな気配を纏っておってな」
理由としては、あまりにも雑だ。
ゆなは完全に理解を放棄しかけている。
「……元の世界?戻れない?
え、ちょっと待ってください、情報量が……」
一方、しずかは一言だけ確認する。
「……敵ではない?」
「敵ではないな」
エンデは即答した。
「戻る方法もわからんのに、争ってどうする。
それに、私は平和主義者じゃ。戦いは好かん」
「……そう」
短い返事。
だが、それでしずかは納得した。
「え!?
ちょ、ちょっと待ってください!?
そんな簡単に納得しないで下さいよ!」
ゆなが慌てて声を上げる。
「猫が人型に変身したんですよ!?
魔族が何かもわからないし、本当に大丈夫なのかわからないじゃないですか!」
「……多分、大丈夫」
根拠はないが、しずかの勘はそう告げていた。
「とりあえずじゃ」
エンデはふいっと顔を背ける。
「普段は、あの姿でおる。
たけるには、言うな」
「……なんで?」
「今は、その方が都合がいい」
ぷいっとした態度。
その仕草に、しずかは一瞬だけ違和感を覚えた。
――都合がいい、だけではない。
何か、隠している。
そう感じた瞬間。
「ただいまー」
間の抜けた声が響き、
扉が開いた。
空気が、一斉に張りつめる。
ゆなとしずかは、同時に振り返った。
そこに立っていたのは、
何も知らない顔をした、たけるだった。
そして――
その足元には、いつものように猫の姿のエンデが、何事もなかったかのように座っていた。




