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名付けはいつも、何気なく

「やっぱ、家の風呂が一番だなー」


 そんな間の抜けた声を出しながら、たけるは居間へ戻ってきた。

 湯気を残したままの髪を軽く拭きつつ、辺りを見回す。


 テーブルの上には、すでに湯気の立つ料理。

 その向こうで、ゆなとしずかが待っていた。


「ご飯の準備、できてますよ! 食べましょう」


「……久しぶりに、一緒にご飯」


 二人とも、どこか嬉しそうだ。

 その様子に、たけるも自然と頬が緩む。


「ありがとう。いただこう」


 そう言って椅子へ向かうと、

 そこに座っていた猫っぽい生物が、すっと床に降りた。


 たけるが腰を下ろした、その瞬間。


 ――ひょい。


 当然のように、

 その生物はたけるの膝へ跳び乗ってきた。


「……お」


「わあ!」


 ゆなが目を輝かせる。


「その子、すっごくたけるさんに懐いてますね!

 どこで拾ってきたんですか?」


「ここから半日くらい行った所かな。

 綺麗だなーって思って声かけたら、ついてくるって感じでさ」


「えっ、言葉わかるんですか?」


「いや、全然。

 なんとなく、そんな雰囲気だっただけ」


 たけるは笑って、膝の上の猫っぽい生物の顎を撫でる。


「俺、猫好きだし」


「なるほどー。

 確かに、こんなに綺麗で賢いなら納得です!」


 当たり前のように交わされる会話。

 本来なら“おかしい”はずの流れ。


 しずかは一瞬だけ、視線を落とした。


(……普通は、ありえない)


 だが、

 死んでいる自分を、

 何も説明せず受け入れたのがたけるだ。


 この程度の異常を、

 彼が気にするはずもない。


 そう思い、

 しずかもそれ以上は口にしなかった。


 食事は、いつも通り穏やかに進んだ。


「そういえば、この子、

 トイレも自分で行けたんですよ!」


「へぇ、すごいな。賢いね」


「ですよね!」


 トイレの話題も、

 驚くほどあっさり流される。


 ゆなは猫を飼ったことがなく、

 たけるは「異世界の生き物だしな」で納得している。


 この家では、

 大抵のことがそうやって受け入れられる。


 膝の上の猫っぽい生物は、

 一瞬だけ、困ったように耳を動かした。


 ――だが、その仕草も誰の目にも留まらない。


「そういえば」


 ふと、ゆなが思い出したように言う。


「その子の名前って、なんですか?」


「……ないな」


 たけるは少し考えた。


「名前ないのも不便だし、つけるか。

 ゆな、何かある?」


「わ、私ですか!?」


 一瞬驚いた後、

 ゆなは少し考えて、ぱっと顔を上げる。


「白くて綺麗な毛が目立つので……

 シロさん、とかどうですか!?」


「はは、安直だな」


 たけるは苦笑しつつ、

 膝の上の生物を覗き込む。


「シロさんでいい?」


 問いかけると、

 その生物はぷいっと顔を背けた。


「あれー? 可愛いと思ったんですけどねぇ」


「じゃあ、しずかは?」


 突然振られ、

 しずかは少しだけ黙り込む。


 視線を落とし、

 ほんの僅か考えた後。


「……エンデ」


「エンデ?」


 意味はわからない。

 だが、不思議と耳に残る響きだった。


「エンデはどうだ?」


 たけるがそう聞くと、

 エンデは一瞬、考えるように目を細め。


 ――ふに。


 肉球で、

 たけるの手の甲を軽く押した。


「……気に入ったみたいだな」


 たけるは笑う。


「名付け親は、しずかだ」


「この子、今日からこの家の家族な。

 よろしく」


「はい!

 エンデちゃん、よろしくです!」


「……うん」


 しずかは静かに頷いた。


 その視線は、

 祝福とも警戒ともつかない色を帯びて、

 エンデへと向けられていた。


 エンデは何も言わず、

 ただ静かに目を閉じる。


 まるで――

 名前を受け取ることの重みを、理解しているかのように。

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