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風呂上がり、猫は人の真似をする

テーブルの上で、

 猫っぽい生物がスープを食べる様子を、ぼんやり眺めていると。


「お風呂、気持ちよかったです!」


 ぱたぱたと足音を立てて、ゆなが戻ってきた。


「たけるさん、どうぞ!」


「……ゆっくり、身体を癒すといい」


 二人とも、数日ぶりの風呂がよほど気持ちよかったのか、

 どこか満足そうな表情をしている。


「ありがとう。じゃ、ちょっと入ってくる」


 正直、

 この猫っぽい生物が食べている姿を、

 もう少し見ていたかった。


 だが、

 風呂に入りたい欲求の方が勝った。


「この子のこと、頼むな」


 そう言って立ち上がり、

 風呂場へ向かう。


 たけるが姿を消すと、

 居間には、ゆなとしずか、そして猫っぽい生物だけが残った。


 スープを食べ終えたその生物は、

 テーブルの上で毛づくろいをしている。


「……本当に、綺麗な毛並みですよね」


 ゆなが、素直に感心した声を出す。


「なんて動物なんでしょう?

 見たこと、全然ないです」


「……わからない」


 しずかは短く答えた。


 その視線は、

 生物から一度も外れていない。


「でも、絶対に警戒はした方がいい」


「えー、考えすぎですよ」


 ゆなは笑う。


「こんなに大人しくて、可愛いのに」


 だが、

 しずかの表情は変わらなかった。


 静かで、

 真剣で、

 どこか“人を見る目”だった。


「……ところで」


 ゆなが、ふと疑問を口にする。


「トイレって、どうするんでしょう?」


「私、猫なんて飼ったことないから、

 全然わからないんですよね」


 平民が猫を飼うことなど、ほとんどない。

 当たり前の疑問だ。


「トイレを作ってあげれば、

 そこでするはず」


 しずかは淡々と言う。


「たけるに言って、作ってもらえば大丈夫」


「でも、今日はさすがに難しいですよね?」


 ゆなが首を傾げる。


「外でしてもらった方がいいんでしょうか?」


「……外に出すと、

 逃げる可能性もある」


 一拍置いて、しずかは続けた。


「私は、それでもいい。

 でも、たけるが……」


 その言葉で、

 ゆなも“警戒している”のがわかった。


 どうしたものか、と二人が考えていると。


 ――スタスタ。


 猫っぽい生物が、

 テーブルから降りて歩き出した。


「え? どこ行くんですか!?」


 ゆなが慌てて後を追う。


 生物が止まったのは、

 トイレの扉の前だった。


 そこで、

 ゆなをじっと見る。


「……え?」


「……開けてくれ、ってことですか?」


 返事はない。


 だが、

 その場から動こうとしない。


 ゆなは半信半疑で、

 トイレの扉を開けた。


 すると、生物は当たり前のように中へ入っていく。


「ちょ、ちょっと……!」


 心配になり、

 ゆなも一緒に入ろうとした、その時。


 くるり、と生物が振り返った。


 そして――

 前足で、しっし、と。


 明確に「来るな」と示した。


 そのまま、

 扉が内側から閉まる。


「ええっ!?

 今、出ていけって言いましたよね!?」


 ゆなは目を丸くする。


「猫って……

 こんなに賢いんですねぇ……!」


 ありえないはずなのに。


 “賢い”

 その一言で、ゆなはすんなり納得してしまった。


 トイレの外で待っていると、

 ほどなくして扉が開き、生物が出てくる。


 嬉しくなったゆなは、

 思わず手を伸ばした。


「よしよし――」


 パシッ。


 軽く、だが明確に前足で払われる。


「あれ?」


 一瞬戸惑ったが、

 すぐに笑顔になる。


「そっか、猫って気まぐれなんですよね!」


 初めての経験が、

 ただ楽しかった。


 二人は居間へ戻る。


 生物は、

 たけるがいつも座る椅子へと跳び乗り、

 優雅に丸くなった。


「見て下さい、しずかさん!」


 ゆなが感嘆の声を上げる。


「この子、

 一人でトイレも行けましたよ!」


「猫って、こんなに賢いんですねー!」


 その声を、

 しずかは遠くに聞いていた。


 視線は、

 椅子の上の生物に釘付けだった。


(……違う)


 猫を、

 しずかは知っている。


 人間が用を足す場所に、

 一人で行く生き物など、聞いたことがない。


 その生物は、

 薄く目を開けたまま、

 何も言わず、何もせず、そこにいる。


 だが、

 その視線は。


 ――明らかに、

 人間を“見ている”目だった。


 しずかは、

 何も言わず、

 ただ静かに、それを見つめ続けていた。

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