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いつもの湯気と、見慣れない視線

「ただいま」


 いつものように声をかけると、

 いつものように返事が返ってくる。


「……おかえり」


「おかえりなさい、たけるさん」


 その何でもないやり取りが、

 胸の奥にじんわりと染みて、凄く安心した。


 ――帰ってきたんだな。


 そう思いながら二人の方を見ると、

 ふと、違和感に気づく。


 しずかの髪が、金色のままだった。


 月明かりみたいに綺麗で、似合ってはいる。

 でも、どこか“いつもと違う”。


(……まだ戻ってないんだな)


 気にはなったが、

 そのことは口にしなかった。


 今は、それよりも。


「道中で気づいたんだけどさ、

 俺いないと風呂、入れないよな?」


 二人が一瞬、ぴたりと動きを止める。


「風呂、沸かすからちょっと待ってて」


「疲れてるんじゃないですか?

 明日でもいいですよ?」


 ゆなが心配そうに言う。


「いや、俺も入りたいし大丈夫」


 そう言ってから、肩に乗っている存在に視線を落とす。


「そうだ、この子な。

 この家で飼うことにしたから、よろしく」


 顎の下を撫でてやると、

 その生物は小さく目を細めた……ような気がした。


「えっ……?」


「……」


 ゆなとしずかが、同時にその生物を見る。


 そのまま俺は風呂場へ向かった。


 風呂を沸かす音が、家の中に広がる。


 その間、

 居間では、ゆなとしずかが向かい合っていた。


「……あの動物、なんでしょうか?」


 ゆなが、声を落として言う。


「見たことないです。

 猫っぽいですけど……違いますよね」


「……私も、見たことない」


 しずかは静かに首を振った。


「猫、かと思ったけど……

 私の知っている猫とは違う」


「ですよね。

 毛並み、すごく綺麗ですし……

 ちょっと触ってみたいです」


 その言葉に、しずかは少し間を置いた。


「……私は、少し警戒している」


「警戒……ですか?」


「うん」


 しずかは、視線を落としたまま続ける。


「目が合った時、

 見下されたような気がした」


「……はぁ」


 ゆなには、正直よく分からなかった。


 だが、

 しずかはこれまで、

 人の視線に晒され続けて生きてきた。


 視線一つで、

 相手の感情を読む癖が、

 嫌でも身についている。


 しずかは、

 風呂を沸かしている方――

 たけるのいる方向を、じっと見ていた。


「風呂、沸いたぞー」


 たけるの声が響く。


「ゆなから入る?

 しずかから?」


「しずかさんと一緒に入ります!」


 即答だった。


「しずかさん、いいですか?」


「……うん。今日は、大丈夫」


 何が“大丈夫”なのかは分からないが、

 珍しく二人で風呂に入ることになったらしい。


 その様子を見送りながら、

 俺はいつもの指定席に腰を下ろした。


 肩に乗っていた生物は、

 いつの間にかテーブルの上に移動している。


「しゃべれないとは思うけど……

 名前、あるのか?」


 反応はない。


「だよなー」


 俺は腕を組む。


「でもさ、

 何食べるか分からないと困るよな?」


 猫なら、

 食べちゃいけないものも多い。


 現代で飼っていた時も、

 食事管理はかなり神経を使った。


「猫だったら……

 これダメ、あれダメってあるし……」


 うーん、と考え込んでいると。


 すっと、

 腕に柔らかい感触が乗った。


「ん?」


 見ると、

 その生物が前足を俺の腕に置いている。


「どうした?」


 声をかけると、

 テーブルから軽やかに降り、

 振り返ってこちらを見る。


 ――ついてこい。


 そんな空気を感じた。


 俺も立ち上がり、後を追う。


 生物が止まったのは、

 キッチンの鍋の前だった。


 中には、

 ゆなかしずかが作ったスープ。


「……これ?」


 問いかけると、

 その生物は俺の足の甲に、前足を乗せた。


「……あー、なるほど」


 完全に理解した。


 スープを少し温め直し、

 ぬるめの状態で皿に移す。


 テーブルに置くと――


 ぺろり。


 舌で味を確かめてから、

 ぱくぱくと食べ始めた。


「……可愛いな、お前」


 無意識に、そんな言葉が漏れる。


 俺は昔から猫が好きだ。

 そして、

 猫が飯を食ってる姿を見るのが、一番好きだ。


 夢中でスープを食べるその姿を眺めながら、

 しみじみ思う。


(……連れてきて、正解だったな)


 だが同時に。


 その生物が、

 一瞬だけこちらを見た時。


 確かに――

 何かを見定めるような目をしていた。


 その違和感に気づくのは、

 もう少し先の話になる。

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