五日間の空白と、ただいまの重さ
ゆなは、椅子に座ったまま、対面のいつもの椅子を見つめていた。
そこに座っているしずかは、魂が抜けたような顔で、窓の外をぼんやりと眺めている。
(……たった五日、ですよ?)
心の中で、ゆなは小さくため息をついた。
たけるがいないだけで、ここまでになるなんて。
しずかがこうなってしまった経緯を、ゆなは嫌でも思い出してしまう。
一日目。
たけるが出発したその日。
しずかは少しだけ寂しそうな顔をしていたが、
いつも通り一緒にご飯を食べ、身体を拭き、
「おやすみなさい」と挨拶をして眠りについた。
まだ、その時は大丈夫だった。
二日目。
朝、ゆなが起きて朝食の準備をしても、しずかは起きてこなかった。
部屋を覗くと、
たけるのベッドで眠っていた。
(ああ……そういうことか)
そのままにして、仕事へ向かった。
だが、帰ってきても、しずかの姿はない。
もう一度部屋へ行くと、
やはり、たけるのベッドで眠っていた。
「しずかさん? 体調が悪いんですか?」
「……うん」
「大丈夫ですか? 何か食べられますか?」
「……大丈夫」
心配ではあったが、
その日はそれ以上、踏み込めなかった。
三日目。
朝起きても、しずかは起きてこない。
部屋へ行くと、やはり同じ場所で眠っている。
「本当に大丈夫ですか?
食べないと身体に悪いですよ。
それに、お風呂も入らないと……」
ゆなの言葉に、しずかは静かに答えた。
「……すでに死んでいるから、
食べなくても死ぬことはない」
「……そうでしたね」
ゆなは一瞬、言葉に詰まった。
「でも、ご飯くらいは食べましょうね」
そう言って、仕事へ向かった。
その日も、
帰ってきても、しずかはベッドから出てこなかった。
一人で食べる夕食が、やけに寂しかった。
四日目。
朝起きても、やはり起きる気配はない。
だが――今日は、たけるが帰ってくるはずの日だ。
「しずかさん。
今日はたけるさん、帰ってくると思うので
着替えて、ちゃんとお迎えしましょう!」
その言葉に、
数日ぶりに、しずかが身体を起こした。
一緒に朝食を作り、
一緒に食べて、
ゆなは仕事へ向かった。
帰ってくると、
しずかは、いつもの椅子に座っていた。
金色の髪のままだったので、少し驚いたが、
そこに“いてくれた”ことが、何より嬉しかった。
「ただいまです!」
そう声をかけて、夕食をとる。
「たけるさん、いないと
お風呂に入れないから、辛いです」
「……うん」
「帰ってきたら、
お風呂沸かしてもらって、一緒に入りましょうね!」
「……うん」
その返事が、どこか嬉しそうで。
「楽しみですね!」
ゆなは、自然と笑顔になった。
――だが。
その日、
いくら待っても、たけるは帰ってこなかった。
そして、今日。
ゆなも休みだったので、
二人で家のことをしながら、帰りを待っていた。
だが、昨日帰ってくるはずのたけるは、まだ帰ってこない。
そのせいか、
しずかの顔は、見たこともないほど、ひょうきんな表情になっていた。
「今日は帰ってきますからね!」
何度もそう励ましたが、
顔は戻らない。
いつも無表情で綺麗な顔が、
今はちょっと……いや、かなり面白い。
(でも……)
ゆなは思う。
こんな顔、しずかさんがするなんて。
人間らしい。
それが、少し嬉しかった。
そんなことを考えているうちに、
あっという間に日が落ち、夕暮れになる。
その時――
「ただいまー」
とぼけた声が、扉の方から聞こえた。
「しずかさん!」
そう呼ぼうとして、顔を向けると――
あの面白い顔は消え、
いつもの、すました表情に戻っている。
「……おかえり」
淡々と、いつも通りの声。
その変わり身の早さが可笑しくて、
ゆなは思わず笑ってしまった。
「おかえりなさい、たけるさん!」
「おう」
――いつもの日常が、戻ってきた。
そう思った、その瞬間。
ゆなは、
たけるの肩に乗っている“新しい存在”に気づいた。
(……ああ)
(これは、絶対に面倒なやつだ)
たけるがよくする顔と、
まったく同じ感想が、自然と浮かんだ。




