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節度とは何かを問われる朝

思った以上に疲れていたらしい。


 ライアンと別れ、案内された一人用のベッドに身体を預けた途端、

 野営の疲れと、あの老人の容赦ないしごきが一気に押し寄せてきて、

 意識はあっという間に闇に沈んだ。


 ――そして。


 数日ぶりに、腕の中に人のぬくもりを感じて目が覚めた。


(……ああ、またか)


 家で寝ている時、無意識にしずかを抱き寄せてしまうことがある。

 その感覚とあまりに似ていたせいで、一瞬そう思ってしまった。


 だが――


(……待て。ここ、家じゃない)


 思考がそこに至った瞬間、頭が一気に覚醒する。


 腕の中にある柔らかな感触。

 目に入ってきたのは、白銀の髪。


「――っ!?」


 反射的に腕を離し、ベッドから飛び起きた。


「た、たけるさん……大胆なんですね」


 振り返ると、頬をほんのり赤く染めたアスタナが、

 まんざらでもなさそうな顔でこちらを見ていた。


「……おはようございます。

 それで、なぜ俺のベッドに?」


 必死に平静を装って聞く。


「起こしに来たんですけど、とても気持ちよさそうに寝ていたので……

 私も、つい」


 てへ、と小さく舌を出すアスタナ。


(つい、じゃない)


 というか、ここは前国王の屋敷だ。


「今すぐ出て行ってください!

 こんなところを見られたら、俺の命がありません!」


「大丈夫ですよ、たけるさん」


 根拠のない自信満々な笑顔。

 一番大丈夫じゃない人間が、それを言っている。


 もう俺が出るしかない、と扉に向かった――その瞬間。


 コンコン。


 ノックと同時に、扉が開く。


「……おはようございます、たける様」


 そこに立っていたのは、涼しい顔のクレアだった。


「おはようございます……」


 挨拶を返すと、クレアの視線が自然にベッドへ移る。


 ――アスタナ、しっかり寝ている。


「……たける様」


「……はい」


「流石に、ライアン様の屋敷で“おいた”をするのは、

 度胸がありすぎるのではありませんか?」


「違います!

 起きたら、アスタナがいただけです!

 俺は何もしていません!」


 必死の弁明。

 本当に、心の底から潔白だ。


 だが、クレアは涼しい顔のまま。


「状況は理解しておりますので、ご安心ください」


 そう言ってから、アスタナへ視線を向ける。


「アスタナ様。

 お遊びはここまでです。朝食の準備を致しましょう」


「ふふ、そうですね」


 どこか楽しそうにベッドを降りるアスタナ。


 「また後で」とでも言いたげな視線を残し、

 二人は部屋を出て行った。


 ――助かった。


 そう思った瞬間。


「……節度は守れと言ったはずだが?」


 真横から声がした。


 ゆっくりと振り向く。


 そこには、

 殺意を一切隠していないライアンが立っていた。


「な、何もしていません!」


 全力で弁明した結果、

 奇跡的に命までは取られずに済んだ。


 その後、何事もなかったかのように朝食を共にし、

 俺たちは帰路につく準備を整えていた。


「おじいさま、また近いうちに遊びに来ますね!」


「うむ。待っておるぞ」


 玄関前。

 アスタナとライアンが言葉を交わし、馬車へと乗り込む。


 俺も続こうとしたところで、ライアンに呼び止められた。


「……たける」


 先ほどまでの祖父の顔ではない。

 護る者の顔だった。


「来る途中で魔物に襲われたと聞いている。

 以前の帰りも、同じだったな」


「……はい」


「この帰路も、危険は高い。

 街に戻るまで、しっかり守ってやれ」


 短いが、重い言葉。


「はい。必ず」


「うむ」


 それだけ言うと、ライアンは一歩下がった。


 俺は馬車に乗り込む。


 走り出す馬車。

 窓から手を振るアスタナの姿。


 色々と振り回されたが――

 悪い旅ではなかったな。


 流れていく景色を眺めながら、

 俺は久しぶりに、穏やかな気持ちで帰路についた。

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