月下の対話と、不器用な贈り物
月明かりだけが差し込む、静まり返った部屋。
その中央で、ライアンは窓辺に立ったまま待っていた。
案内してきた執事に「下がっておれ」と短く告げると、扉は静かに閉まり、室内には俺とライアンだけが残される。
「……まだ飲めるであろう?」
そう言いながら、ライアンは自らテーブルのワインを手に取り、二つのグラスに注いだ。
その所作は荒っぽいが、どこか迷いがない。
「いただきます」
そう言って俺もグラスを受け取り、ライアンの横――窓の外を見つめる位置に立つ。
夜風に揺れる木々と、遠くの灯りが静かに揺れている。
ライアンが先に一口、ワインを口にした。
それを見て、俺も軽く喉を潤す。
しばらくの沈黙。
「……う、ううん!」
不自然なほど大きな咳払い。
言いにくそうに視線を逸らしながら、ライアンが口を開く。
「アスタナのことだがな……感謝している」
「……は、はぁ」
唐突すぎて、間の抜けた返事になってしまう。
ライアンは構わず続けた。
「少し前にここへ来た時まで、あの子はどこか怯えておった。
王女という立場のくせに、自分の意見も言えず……な」
話を聞くうちに、俺の中で少しずつ像が組み替わっていく。
城では立場に縛られ、
祖父の前では“良い孫”でいようとして、
どこにも本音を出せなかった――そんなアスタナ。
「城から離れれば変わると思った。
だが、どれだけ可愛がっても性格は変わらんものだ」
ライアンは、グラスを傾けながら小さく笑った。
「……だから今日の姿を見て、少し驚いた」
孫が駆け寄り、迷いなく抱きついてきたこと。
自分の意見をはっきり口にし、楽しそうに笑っていたこと。
「少し戸惑ったが……正直に言えば、嬉しかった」
その顔は、歴戦の猛者でも前国王でもなく、
ただの“孫を想う祖父”そのものだった。
「それは……よかったですね」
俺がそう言うと、ライアンは一瞬だけ満足そうに頷いた。
――だが。
「……だがな」
空気が、はっきりと変わる。
「子作りとはなんだ?」
一瞬で、殺気のこもった視線がこちらを射抜いた。
「ご、誤解です」
正直、心の中では盛大に舌打ちしていた。
全部あの王女のせいだ。
「まあよい」
ライアンはふっと息を吐き、視線を外す。
「孫に良い影響を与えているのなら、それでいい。
だが、節度は守れ。――それだけだ」
「……わかっています」
言われのない疑いに反論したい気持ちを、ぐっと飲み込む。
そんな俺の様子を見てか、ライアンは鼻で笑った。
「おい、入ってこい」
扉の外に声をかけると、執事が静かに入室する。
手には、先ほどまでは無かった布袋。
それを受け取ると、ライアンは何の前触れもなく俺に放った。
「受け取れ」
反射的に受け止めた瞬間、
ずしりと、想像以上の重さが腕に伝わる。
「……これは?」
「今の生活をしていれば、金が必要になる場面もあるだろう。
金が無いから動けん――それでは、国の損失だ」
そっぽを向いたまま、ライアンは言う。
「アスタナを変えてくれた礼だ。
どう使うかは、お前次第だ」
――不器用にも程がある。
ツンとした態度の裏に、確かな気遣いがあるのが分かって、
思わず口元が緩んだ。
「……ありがたく頂戴します」
そう言って、俺もグラスを口に運ぶ。
月明かりの下、
二人分のワインが静かに減っていった。




