敗北の余韻と、祖父王の晩餐
腹の奥に鈍い痛みを感じながら、たけるはゆっくりと目を覚ました。
まぶたを開けると、見知らぬ天井が視界に広がる。木製の梁が整然と並び、装飾はほとんどない。体を少し動かすと、腹筋が悲鳴を上げた。
「いっ……」
どうやら本気で殴られていたらしい。
上体を起こし、辺りを見渡す。置かれているのは寝具と小さな机、それだけ。客間のような簡素な部屋だった。
ちょうどその時、扉が控えめにノックされ、静かに開く。
顔を出したのはクレアだった。
「お目覚めになったのですね。身体は大丈夫ですか?」
いつも通りの淡々とした口調だが、どこか気遣う色が混じっている。
「痛みはありますけど……多分大丈夫です」
そう答えると、クレアは小さく頷いた。
「それなら安心しました。アスタナ様にご報告して参りますので、少々お待ち下さい」
一礼し、扉が閉まる。
静寂が戻る。
たけるは再びベッドに身体を倒し、天井を見上げながら先ほどの戦いを思い返していた。
魔物との戦いは何度か経験した。だが、あれは遠距離から魔法を放つだけのものだった。
剣を握り、真正面からぶつかる戦いは人生で初めてだった。
(痛いし、疲れるし、正直もうやりたくない)
そう思う一方で、胸の奥に残る感覚があった。
あの瞬間、自分は確かに“生きている”と感じていた。
感情が沸騰し、考えるより先に身体が動く感覚。今まで経験したことのない熱だった。
元の世界では、感情を揺らさないことが処世術だった。流されるまま、何となく日々をやり過ごす。
それが自分には合っていた。
だが――今日のあの時間は違った。
悔しさも痛みもあるのに、不思議と気分はすっきりしている。
(たまには、悪くないのかもな)
そんなことを考えていると、扉が再び開いた。
「たけるさん!」
飛び込んできたのはアスタナだった。その後ろにクレアが控えている。
「大丈夫ですか!?」
「はい、なんとか」
安堵したように胸を撫で下ろすアスタナ。
「よかったぁ。おじい様にはやりすぎだってちゃんと注意しておきましたからね!」
パチン、とウインクを決める。
(いや、元凶お前だろ)
心の中で全力でツッコむ。
「それでですね、おじい様が謝罪も兼ねて、魔法の話もしたいから一緒に食事をしようって言ってました!」
「……え?」
前国王と食事?
平民が?
頭の中がフリーズする。
だが、アスタナは満面の笑みだ。
この表情は、何を言っても覆らない時のものだと経験で理解している。
「……わかりました」
力なく答えるしかなかった。
その後、アスタナが「一緒にお風呂に入りましょう!」と言い出し、クレアが即座に止めに入る。
「アスタナ様。それは流石にライアン様のお屋敷では認められません」
「そんなことないわ!私が責任取ります!」
「その結果、たける様の命が危険に晒されます」
「うっ……」
引きずられて退場するアスタナを見送りながら、たけるは風呂へ案内された。
案の定、広い。
湯気が立ち上り、まるで温泉のようだった。
(これは最高だな……)
遠慮なく身体を沈める。
筋肉の痛みがじんわり和らいでいく。
風呂から上がる頃には、心身ともに少し軽くなっていた。
その後、クレアに案内されて食堂へ向かう。
扉が開いた瞬間、思わず声が漏れそうになった。
(うわ……)
広い部屋。長いテーブル。ずらりと並ぶ椅子。
まるで漫画で見た王族の晩餐そのものだった。
「たけるさん、こちらですよ!」
アスタナに呼ばれ、テーブルの端へ。
正面にはライアンが座っている。
「失礼します」
軽く頭を下げて席につく。
執事がワインを注ぐ。
まずライアンへ、次にアスタナ、そしてたけるへ。
琥珀色の液体がグラスに揺れる。
ライアンが口を開いた。
「先ほどはやりすぎた。詫びだ。しっかり食せ」
「……はい。ありがとうございます」
そうして、奇妙な晩餐が始まった。
痛みも緊張も残る中で、たけるはただ一つだけ確かに感じていた。
この世界に来てから、自分は確実に変わり始めている――と。




