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白き屋敷と、祖父の眼差し

見張り番という貴重な体験もできたし、ウィルとも和解できた……と思う。


 水たまりの件ももう忘れたのか、今日はアスタナもやたらと元気だ。


「もうすぐ目的の街に着きますよ!」


 そう言って、ぱっと顔を輝かせる。


 昨日までの強引さは影を潜め、今日はただの元気な女の子という印象だ。こういう状態なら話しやすいな、なんて思いながら他愛のない会話を続けていると、


「到着致しました」


 護衛の声が響いた。


 馬車の窓から外を覗くと、今過ごしている街よりもずいぶん小さい街並みが広がっていた。


 アスタナから聞いていた通り、この街には平民街も貴族街もなく、皆が混ざって暮らしているらしい。その影響なのか、家の造りも間隔もばらばらだが、木々や草花が多く、全体としては不思議と調和が取れている。


 馬車はそのまま進み、やがて綺麗に手入れされた塀に囲まれた広い敷地へと入った。その奥には、大きな白い屋敷がそびえている。


 一度馬車が止まり、護衛の一人が庭へと入っていく。しばらくして戻ってくると、入る許可が出たらしく、馬車は屋敷の前まで進んだ。


 馬車が止まると、玄関と思われる場所に一人の男性が立っているのが見えた。


 背が高く、筋肉隆々。顔は険しく、歴戦の猛者という言葉が似合う。横と後ろに短い白髪が生え、頭頂部は禿げ上がっている。鼻の下から顎にかけては、ふさふさの白い髭。鋭いグリーンの瞳が印象的だった。


 ――ライアン。前国王であり、ユリアナの祖父。


 俺は先に馬車を降り、慣れた手つきでアスタナに手を差し出した。


 この旅の間に何度もやってきたことだから、自然に体が動く。


 地面に降りた瞬間、アスタナはぱっと表情を明るくし、


「おじいさま!」


 嬉しそうに声を上げ、男性へ駆け寄って抱きついた。


「おお、今日もアスタナは可愛いのう」


 険しい顔から一転、嬉しそうに頬を緩ませる。


「なんだかいつもより元気な気がするが、楽しいことでもあったのか?」


「はい! おじいさま。用事が終わりましたら、そのお話もしたいです!」


「そうかそうか。まずは中に入りなさい。護衛は外で待機しておれ」


 その一言で、護衛たちは一斉に返事をする。


 俺も遅れて敬礼しようとしたが、


「たけるさんは中へ入って下さい。クレアも当然一緒にね」


 アスタナに声をかけられた。


 笑顔だったが、ライアンの顔は一瞬で険しくなる。


「どういうことだ? わしはその男は知らん。護衛ではないのか?」


「今回は特別に護衛して貰っていますけど、本当の護衛ではないのですよ。きちんと紹介しますけど、私の特別な人で、今回の用事にも関わる人ですから」


「……特別な人?」


 低く唸るような声と共に、鋭い視線が俺へ向けられる。


(いやいやいや……)


 孫娘と祖父の会話としてはおかしくないのかもしれないが、「特別な人」なんて言葉を突然投げられ、頭が痛くなる。


 固まっていると、


「さあ、行きましょう!」


 アスタナに手を引かれ、睨まれながら屋敷の中へ入ることになってしまった。


 屋敷の中は静かで落ち着いた空気に満ちていた。


 侍女に案内され、大きな部屋へ通される。高級そうなテーブルとソファが左右に置かれ、そこへ座る形になった。


 ライアンが一人。対面にアスタナ。後ろに俺とクレア。


 妙な配置だなと思いながらも、会話はすぐ始まった。


「お父様から預かっている手紙です」


 アスタナが黒地に金の刺繍が施された手紙を差し出す。


 ライアンはそれをじっくりと読み、しばらく黙った後、


「ふむ……理解した。後で用意して渡そう」


「はい!」


 満足そうに頷くアスタナ。


 だが、すぐに鋭い視線がこちらへ向けられる。


「それでだ。その男はなんだ?」


 来た。


「少し前におじい様の所へ来た帰り、魔物に襲われた時に助けてくれたのが、たけるさんなんです!」


「ほぉ……」


 白い髭を撫でながら、興味深そうに俺を見る。


「でも、仕事があるとその時はそっけなく放置されてしまったのですけどね」


 へへっと笑うアスタナ。


「……ほぉ」


 今度は鋭い視線に変わる。


(頼むから余計なこと言うな……)


 口には出せないが、心の中で盛大にため息をついた。


 アスタナが口を開くたびに面倒な方向へ転がる未来が見える。


 俺は諦めたように乾いた笑みを浮かべるしかなかった。


 この屋敷での時間が、平穏に終わるとは――到底思えなかった。

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