王女護衛任務と、茂みの悲鳴
クレアが先頭に立ち、その後ろをアスタナ、そして俺が続く形で茂みの中へ入っていった。
数歩進んだところで、クレアが足を止める。
「この辺りでよろしいでしょう。アスタナ様、素早くお済ませください」
「ええ……わかっています」
あれだけ子作りだの何だのと言っていたアスタナだったが、今は頬を赤く染め、視線を泳がせている。さすがにこういう場面では、年相応の反応をするらしい。
「俺は少し離れて待機しています」
そう言って距離を取り、背を向ける形で待機する。
(……本当になんなんだ、この状況は)
数日続くと思うと、軽率にこの依頼を受けた自分を殴りたくなった。家でゆなとしずかと穏やかに過ごしていればよかった、と後悔が胸をよぎる。
ぼんやりと、木々の隙間から差し込む木漏れ日と、葉を揺らす風の音に意識を委ねていると――
「キャー!!」
アスタナの悲鳴が森に響いた。
「っ!?」
即座に駆け出す。
「大丈夫ですか!?」
枝をかき分けて飛び込んだ先にいたのは――
クレアとアスタナの前で、よだれを垂らしながら唸り声をあげる、三メートル近い巨体の熊のような魔物だった。
鋭い牙、血走った目、明らかに人間を獲物として認識している様子。
二人は恐怖で足がすくんでいる。
「下がってください!」
俺は二人の前に立ち、右手を前へ突き出す。
王城の訓練場で放った雷の感覚を思い出す。
集中――
バチッ、と空気が裂ける音。
放たれた雷は一直線に魔物を貫いた。
ズドンッ――
熊のような巨体は前のめりに崩れ落ち、地面を揺らす音が森に響く。
しばらく警戒しながら様子をうかがうが、動く気配はない。
(……仕留めたか)
「大丈夫ですか?」
振り返ると、二人とも青ざめながらも頷いた。
「……ええ、問題ありません」
「わ、私も……大丈夫です」
声は震えているが、無事らしい。
念のため魔物をつついて確認し、完全に動かないことを確認してから伝える。
「もう大丈夫です」
二人の肩から力が抜けたのが分かった。
「たけるさん……本当にありがとうございました」
「アスタナ様をお守りいただき、感謝いたします」
感謝を向けられると、さっきまでの騒がしさが嘘のように普通の王女と侍女に見えるのが不思議だった。
「これも仕事ですから。とりあえず馬車へ戻りましょう」
「そうですね……」
今度は俺が先頭に立ち、二人が後ろを歩く。
だが、先ほどの場所に差しかかった時、土が濡れているのが目に入った。小さな水たまりのような跡。
(……なんだこれ?)
どこかから水が流れ出たのかと思い、しゃがんで確認していると、
「たける様」
クレアの声が落ち着いて響く。
「それは私とアスタナ様が用を足した後です。あまりまじまじと見られても困ります」
――理解した。
俺は何も言わず立ち上がり、無言で馬車へと歩き出した。
背後から聞こえるアスタナの小さな呻き声と、クレアのため息。
(……本当に、なんなんだこの護衛任務は)
心底そう思いながら、俺は空を仰いだ。
まだ旅は始まったばかりだった。




