王女同行護衛任務と、最悪の休憩時間
アスタナの満面の笑顔を見た瞬間、俺の頬がぴくりと引きつった。
「……よろしくお願いします」
力なく答えると、アスタナは満足そうに頷いた。
今回の依頼は、西方の街に行って“ある物”を受け取り帰還するだけ。護衛は四人、馬車移動で三、四日程度の簡単な仕事らしい。報酬も期待していいと言われている。
(よし、金のためだ。仕事だけに集中しよう)
そう割り切った――はずだった。
だが、護衛の列の中に見覚えのある顔があった。
「ウィル? 今回はお前も来るのか?」
「はい。実績が評価されて、今回から正式に護衛任務に加わることになりました」
以前のような憎悪のこもった目ではない。最初に出会った頃の、おどおどした優しい目に戻っている。
(……時間が解決したのか)
「よろしくな」
笑顔で手を差し出すと、ウィルは少し驚いたあと、ぎこちなく握り返してきた。
――出発直前。
「俺は馬と同じように走れるから、馬車は必要ないです」
そう提案したが、即座に却下された。
「王女命令です」
きっぱり言われ、俺は再びアスタナと馬車に乗る羽目になる。
今回は数日かかるため、侍女のクレアも同席していた。
座席配置は、俺とアスタナが並び、向かいにクレア。
「俺の隣じゃなくて、彼女の横に座れば?」
「それはダメです! たけるさんに聞きたいことがあるんです!」
「……はぁ」
嫌な予感しかしなかった。
そして、その予感は的中する。
「同居している女性がいるのは知っています! ですが! 毎日一緒に眠り、お風呂も共にするなど不謹慎ではありませんか!?」
「いや、寝てはいますがベッドは別ですし、風呂も一緒に入ったことはありません」
冷静に答えたつもりだった。
だが、アスタナの眉がぴくりと動く。
「嘘はやめてください! ルナさんから全部聞いています!」
(……あいつ、何言ったんだよ)
笑顔のルナが脳裏に浮かび、軽く殺意が芽生える。
「ルナの話は誇張が多いです。全部を真に受けないでください」
それが火に油を注ぐ結果になった。
「どうして嘘をつくんですか!? お母様からも聞いています! もう、しずかさんとは子作りをしているんですよね!? なら、私ともするべきではありませんか!?」
(……意味が分からない)
腕を掴まれ、離そうとしてもびくともしない。
(めんどくせー……)
心の底から思った。
のらりくらりと受け流しながら時間をやり過ごすが、クレアが時折アスタナを焚きつけるような言葉を挟むせいで、状況は悪化する一方だった。
そんな時――
「休憩に入ります」
馬車が止まった。
(やっと落ち着ける……)
そう思ったが、周囲は何もない平地と木々があるだけの場所。
「休憩って何ですか?」
「馬の休憩と、出すものを出す時間です」
「クレア!? 言い方が下品です!」
「失礼しました。トイレ休憩です」
なるほど。
だが、トイレなんて見当たらない。
見ていると、護衛たちが順番に茂みへ入っていく。
(……なるほど、そういうことか)
全員が終えると、クレアが声をかけた。
「ではアスタナ様、参りましょう」
「そうね」
二人が馬車から降りる。
だが、アスタナがくるりとこちらを見る。
「今回は護衛ですよね? 何かあっては困ります。ついてきていただけますよね?」
(いやいや、それはおかしいだろ)
反論しようとしたが、
「王女様の命令です」
クレアに言われ、強引に連れていかれる。
――最悪の休憩時間が始まろうとしていた。




