蚊帳の外と、指先の温度
ユリアナは興味深そうに身を乗り出し、アブソルの説明に耳を傾けていた。
「この箱はですね、力でこじ開けるような構造ではありません。
外側の透明な層は衝撃を分散する仕組みで――」
「なるほど、なるほど……!」
ローブを羽織った老人の一人が、思わず声を上げる。
「そういう理屈か! 確かに、その構造なら――」
専門的な言葉が飛び交い、三人は完全に“世界”に入ってしまっている。
一方その頃。
半裸のコウヘイ。
空気になっている俺。
隣でちょこんと座るゆな。
そして、静かに成り行きを見ているしずか。
完全に、蚊帳の外だった。
「……なあ」
俺は小声でコウヘイに声をかけた。
「とりあえず、着替えたら?」
「お、おう。そうだな」
今さら気づいたように視線を泳がせ、コウヘイは気まずそうに頷く。
なんとも言えない空気を背負ったまま、そそくさと風呂場へ引き返していった。
その背中を見送りながら、ゆなが小さくため息をつく。
「なんだか……私たち、完全に蚊帳の外ですね」
「だな」
自分の家なのに、まるで見学者。
そのおかしさに、俺は思わず乾いた笑いを漏らした。
ふと、俺は思い出したように立ち上がる。
「……この際だから渡しておくよ」
そう言って、懐から小さな箱を取り出す。
「しずか、これ。指輪、つけて貰える?」
しずかは一瞬だけ目を瞬かせ、それから無言で差し出された指輪を見る。
「……指輪?」
「普通のじゃないけどな」
俺は指輪を手に取り、説明しながら続ける。
「こんな感じでつけるんだよ」
指輪の一部をずらし、磁石の留め具を合わせる。
カチッ、という小さな音と共に、しずかの人差し指にぴたりと収まった。
思っていた以上に、すっきりと。
まるで、最初からそこにあったかのように。
「……よし」
俺とゆなは、同時にほっと息をついた。
だが。
しずかは、自分の指を見つめたまま、少しだけ眉を寄せている。
「この指にはめるもので……いいの?」
意図が分からず、俺は首を傾げた。
「いいんじゃない?
人差し指につければ片手で外せるだろ。
ほら、親指で磁石のところ弾いてみて」
「……わかった」
いつもと変わらない平坦な表情。
けれど、どこか納得していないようにも見えた。
しずかは言われた通り、親指で留め具を軽く弾く。
カチッ。
驚くほどあっさりと、指輪は外れた。
「……簡単に取れた」
その一言に、少しだけ目を見開いている。
「だろ?」
俺は自然と笑顔になった。
「これなら、何かあっても安心だ。
ネックレスつけてる間、しずかに物理的に触れるって聞いた時から心配してたからさ。
これで安心だよ」
本心だった。
胸に引っかかっていたものが、すっと消えた感覚。
しずかは、俺の顔をじっと見てから、ぽつりと聞いた。
「……心配してた?」
「当たり前だろ」
即答だった。
「今のしずかは、普通に生活してる女性に変わりないんだし。
不安材料があると、俺も心配だしな」
当たり前のことを、当たり前に言っただけだ。
「……そう」
返事はあっさりしていた。
けれど――俺を見るしずかの赤い瞳は、どこか熱を帯びているように見えた。
視線が絡み、言葉が途切れる。
短い沈黙が、静かに流れる。
その空気を、勢いよく破ったのは――
「しずかさん! たけるさん!」
ゆなの涙目の声だった。
「私もいます! ふたりだけの世界を作るのはやめて下さい!」
「ごめん」
「……そんなつもりはなかった」
二人で慌ててゆなをなだめていると――
「開きましたね!」
アブソルの弾んだ声が、部屋に響いた。
全員がそちらを向く。
透明な箱は、先ほどまでの頑なさが嘘のように、
綺麗に、完全に、開いていた。
その光景を前に、部屋は一瞬、静まり返った。
――ここから、また一つ歯車が動き出す。




