楽園だと言われても、俺にはいつもの日常です
ルナは、どうやらしずかの存在が相当気になるらしい。
夕食の準備をしている最中も、椅子に腰掛けたまま、ちらちらとしずかを盗み見るようにしては、遠慮なく質問を投げかけていた。
「でさー、たけるとはどうやって知り合ったの?」
「どこまでいってるの? もう……そういう関係?」
かなり直球だ。
こうなることは予想していたので、俺としずか、それにゆなで事前に話し合って決めた“設定”を、そのまま使うことにする。
――俺としずかは恋人同士。
――この国に来たばかりのしずかを俺が助けたのがきっかけ。
――身分の問題があるため、周囲には内緒にしている。
――この家にはもともと俺とゆなが住んでいて、ゆなの了承を得て三人暮らしになった。
多少無理はあるが、突っ込まれにくい無難な設定だ。
「助けてくれたのが、たけるだった」
しずかは淡々と、決めた通りの言葉を口にする。
「それで……一緒にいるようになった」
「へぇ~……」
ルナは意味ありげに俺としずかを見比べる。
「意外と王道じゃない。命の恩人ってやつ?」
「まあ……そんな感じだな」
余計なことを言われる前に、話題を切り替える。
「よし。風呂でも沸かすか」
「――風呂!?」
「風呂って言った!?」
ルナとコウヘイの声が、見事に重なった。
「この家、風呂あるのかよ!?」
「え、あるの!? まさかの!?」
やたらとテンションが上がる二人に苦笑しながら、俺はいつものように裏手へ向かう。
掃除をして、魔法で水を出し、火を使って湯を温める。
「……魔法って、こういう使い方もアリなのか」
コウヘイが感心したように呟く。
「使えるんだから、使えばいいだろ」
「いやいや、普通は攻撃とか討伐用だろ!?」
「こんな便利なら、討伐も付き合ってくれていいじゃないか!」
ルナが半分冗談、半分本気で言う。
「いやだよ。必要ないし」
即答すると、二人して「もったいねぇ……」と頭を抱えた。
魔法で出した水をそのまま飲んでいることや、湯を沸かしていることも、いちいち驚かれる。
便利だから使っているだけだが、平民にとって魔法は“見るもの”であって、“生活に溶け込むもの”ではないのだと、改めて実感した。
そんな話をしていると、玄関の方から声がした。
「ただいまです!」
「おかえりー」
ゆなが顔を出すと、コウヘイとルナを見て一瞬驚いたものの、すぐに柔らかく笑った。
「コウヘイさんとルナさんですね!
なんだか賑やかそうで、いいですね!」
その笑顔に、コウヘイが固まった。
――次の瞬間。
「おい……」
またしても首根っこを掴まれる。
「美女に続いて、今度は可愛い子か?」
「お前、ふざけるなよ……」
かなり本気の嫉妬だ。
「同居人だって言っただろ」
「聞いてねぇよ、こんなレベルの話は!」
風呂の順番をどうするかという話になり、いつも通り
「ゆな→しずか」の流れを提案すると、
「えー! 一緒に入ればいいじゃない!」
と、ルナが即座に口を挟んだ。
「い、一緒は……!」
ゆなが慌てるが、押し切られる形で二人一緒に入ることになる。
「私は……一人でいい」
しずかはそう言って、静かに辞退した。
しばらくすると、浴場の方から、
「えっ!? 広っ!?」
「ルナさん、はしゃぎすぎです!」
などと、騒がしい声が聞こえてくる。
その様子を聞きながら、俺は隣のコウヘイを見る。
――じっと、真剣な目で、浴場の方向を見つめていた。
「……なにしてんだ?」
「目に焼き付けてる」
「……は?」
「この光景をだ」
真顔だ。
あまりの真剣さに、ちょっと引く。
「風呂は珍しいかもしれないけど、別に普通の光景だろ?」
コウヘイは視線を逸らさず、低い声で言った。
「お前はな……
この楽園が、どれだけ貴重か全くわかってない」
「楽園?」
「美人と可愛い子と一つ屋根の下。
この状況、金が発生するレベルだぞ」
「……そうなのか?」
正直、しずかは綺麗だと思うし、ゆなは可愛いと思う。
だが、それは「猫が可愛いな」とか、そんな感覚に近い。
コウヘイの言葉には、いまいち共感できなかった。
それでも――。
風呂の方から聞こえる笑い声。
隣に当たり前のようにある生活。
「……まあ、この生活は壊されたくないな」
そう呟くと、コウヘイはゆっくりと頷いた。
「それだけは、同意だ」
いつもより少し騒がしい。
それでも、確かにこれは――
俺にとっての、かけがえのない日常だった。




