一晩の来客と、歪む日常
次の日。
仕事場で道具の点検をしていると、コウヘイが隣に来て腕を組んだ。
「なあ、たける。昨日言ってた件だけどさ」
「ああ、悪い。色々用意することになって、日程ずらした」
「別にいいって。どうせ俺も暇だったし」
そう言って笑うが、その直後だった。
「――全員、ちょっと聞け!」
長の張りのある声が現場に響いた。
作業の手が止まり、皆が顔を上げる。
「届くはずだった資材が届いていない。業者には確認を取っているが、数日かかる可能性があるそうだ」
ざわり、と空気が揺れる。
「作業再開の目処が立ち次第、改めて連絡する。それまでは待機だ」
それだけ告げると、長はさっさと奥へ戻っていった。
沈黙のあと、あちこちからため息が漏れる。
「……つまり?」
コウヘイが俺を見る。
「明日から休みだな」
「だな」
「じゃあさ」
ニヤリ、と嫌な笑み。
「今日、遊びに行くわ」
「……今日!?」
「おうよ。すぐ仕事再開になるかもしれないだろ? 行ける時に行っとかねーと」
理屈は分かる。分かるが、心の準備というものがある。
「まあ……そうか?」
半ば勢いに押される形で、今日来ることが決まってしまった。
――ルナは断ってくれないかな。
一瞬そんな期待もしたが、
「私も行く」
即答だった。
結局、予定通り二人が来ることになった。
仕事終わり、そのまま一緒に帰る流れになったが――
「ちょっと寄り道する」
そう言って、あの店へ向かう。
扉を開けた瞬間、
「ここは……物置か?」
「物置だな」
コウヘイとルナの声が、見事に重なった。
「すみません!」
声をかけると、奥から店主が顔を出す。
「待っていたよ!」
満面の笑みだった。
「頼まれていたもの、できてる」
差し出されたのは、細く上品な指輪。
中央で二つに分かれ、内側に小さな磁石が仕込まれている。
試しに指でつまむ。
――カチリ。
しっかり留まり、軽く引くと簡単に外れる。
「……完璧だ」
思わず声が漏れた。
「難しい仕事じゃなかったけど、面白かったよ」
礼を言い、銀貨を渡す。
「また何かあったら、お願いするかもしれません」
「もちろんさ!」
そのやり取りを横で見ていたコウヘイが首をかしげる。
「変わったもんだな。作るのに時間かかったんじゃねーの?」
「いや、昨日頼んで、今日できた」
「……は?」
次の瞬間。
「はっ!? はっ!?」
大袈裟なほど目を見開いた。
「おかしいだろ! 金属加工だぞ!? そんなすぐできるわけねー!」
俺も店主を見るが、店主も「?」という顔だ。
「え、そうなの?」
「そうなの!? じゃねーよ!」
頭を抱えた後、急に姿勢を正す。
「はぁ……。こんな店あるなら紹介してくれよ。今度俺も何か頼むかもしれねーから、その時はよろしく!」
深々と頭を下げる。
「ほんとかい!? いつでも歓迎だよ!」
ルナは終始無言で、早く帰りたそうに腕を組んでいた。
家に着く。
「ただいまー」
ドアを開けると、
「おかえり」
いつもの、淡々とした声。
その姿を見た瞬間、
「……おい」
コウヘイが俺の首根っこを掴んだ。
「誰だよ、あの美人さん」
「えーと……彼女」
「ふっざけるなよ!!」
全力の嫉妬だった。
「同居人がいるとは聞いてたけどよ! 彼女とか聞いてねーぞ! どこで知り合ったんだ!」
「まあ……いろいろ?」
「後でじっくり聞かせてもらうからな」
ギラギラした目。
――今日は長い夜になりそうだ。
そう思いながら、俺はそっとため息をついた。
日常のはずなのに、
確実に何かが、少しずつズレ始めている気がしていた。




