磁石の指輪と、未完成の灯り
今日は、ゆなと一緒に日用品を買いに行く日だ。
平民街は昼前から賑わっていて、露店の呼び声や子どもたちの笑い声が入り混じっている。
ゆなは慣れた足取りで先を歩き、必要な物を次々と選んでいく。俺はその少し後ろで、荷物を持ちながらついていく役だ。
買い物自体は順調だった。
――だが、俺の頭の中は別のことでいっぱいだった。
「……何か、しずかが簡単に取り外しできるもの、ないかなぁ」
思わず口に出る。
「本当に難しいですよね」
ゆなも少し困ったように笑う。
「指輪だとサイズが合わないと困りますし、普通の指輪だと外すのも大変ですし……」
「だよなぁ。力を入れたらすぐ外れる、くらいが理想なんだけど」
露店や雑貨屋をいくつも覗いてみるが、どれも条件に合わない。
留め具が複雑だったり、装飾が大きすぎたり、そもそも外れそうにないものばかりだ。
そんな時、ゆながいつもとは違う方向へと足を向けた。
「……あれ?」
「こっち、あまり来ないですよね」
路地の奥にあったのは、古びた外観の小さな店だった。
看板は色あせ、文字も読みにくい。
「ここ、何置いてる店なんだ?」
「私も分からないです……」
気になった俺たちは、そのまま店に入った。
中は――正直、ひどかった。
金属片、木の枠、ガラス瓶、用途不明の部品。
陳列というより、ただ置いてあるだけに見える。
「……ここ、物置じゃないよな?」
「た、多分……?」
首をかしげていると、奥からひょろっとした男が現れた。
細身で、少し曲がった背中。分厚い眼鏡の奥の目は、妙に生き生きしている。
「い、いらっしゃい!」
その声で、ようやく店だと確信した。
「ここって、何屋ですか?」
「ああ、ここはね。僕が作ったものを売ってるんだ」
男は苦笑いを浮かべる。
「でも、みんな入ってきてはくれるんだけど……すぐ帰っちゃってね」
この雑然とした状態なら、それも仕方ないだろう。
そんな中、俺の視線が一つの物に留まった。
ランタンのような形をした道具。
だが、火を灯す仕組みは見当たらない。
「これ、何ですか?」
男の表情が一気に明るくなる。
「それはね!明かりを灯すためのものだよ!」
「ただ、部品が足りなくてね。今は光らないんだけど」
ははっと笑うが、未完成品を並べていれば売れないのも当然だ。
「足りない部品って?」
「魔石さ。魔法を込めれば、ずっと明るく灯るらしい」
魔石――その言葉を聞いた瞬間、久しぶりに異世界に来た実感が湧き上がる。
「でも、貴族街で使われるものだから、平民にはなかなか手に入らなくてね」
「……どこで取れるんですか?」
「ここから三日ほど行った森にあるって話だよ。強い動物も多いらしい」
男の顔には、期待と諦めが入り混じっていた。
だが、俺は思わず笑ってしまった。
「俺、取ってきますよ」
「……本当かい?」
「ええ。取ってきたら、それ売ってください」
一瞬ぽかんとした後、男は大きく頷いた。
「……頼んだよ!」
その約束を交わした直後だった。
「たけるさん!これ、見てください!」
ゆなが小走りで戻ってくる。
手のひらには、小さな黒い石が二つ。
つまんで、ぱっと離す。
――カチッ。
二つの石は、ぴたりとくっついた。
「……磁石だ」
そう、多分それは磁石だ。
その瞬間、頭の中で一つの形が完成した。
「すみません!」
俺は店主に向き直る。
「これで、細い指輪を作ってもらえませんか?」
磁石で留める指輪。
軽く引けば外れ、普段はしっかり留まる――そんな構造。
俺は紙切れに、簡単な図案を描いた。
細い輪を二つに分け、磁石で接続する形だ。
「こんな感じです!」
それを覗き込んだゆなが、ぱっと表情を明るくする。
「これ、すごくいいですね!」
店主も顎に手を当てて頷いた。
「難しくはないな……明日にはできると思うよ」
「本当ですか!」
思わず声が弾んだ。
明日の仕事終わりに取りに来る約束をして、俺たちは店を後にする。
日用品を買いそろえ、荷物を抱えて家へ戻りながら、俺は考えていた。
未完成のランタン。
磁石の指輪。
そして、魔石の眠る森。
今日の買い物は、ただの日用品の補充じゃなかった。
確実に、何かが動き始めている――そんな予感がしていた。




