帰宅したら王女が二人いました
いつも通りの時間。
いつも通りの帰宅。
俺は扉を開け、
「ただいまー……」
と、ほとんど感情の乗らない声で告げた。
返ってきたのは――
「……おかえり」
いつもの椅子に座り、
いつもの声音で返すしずか。
そして。
「たけるさん!!
お待ちしていました!!」
場にそぐわないほど華やかで、
やたらと明るい声。
視線を上げた瞬間、
俺の思考は完全に停止した。
――王女アスタナが、満面の笑みでこちらを見ている。
さらにその隣。
ちらりと俺を一瞥し、
「……ふん」
と、露骨にそっぽを向くもう一人。
王女ガラテア。
いるはずのない二人。
というか、来る予兆すらなかった二人。
(……は?)
頭の中が真っ白になる。
(どういうこと?
なにこれ?
なんでこの家に王女が二人?)
(……いや待て。
頭のおかしな女がいる、って言おうとしたけど
この二人、どっちも王女だな?)
無駄に冷静なツッコミが浮かぶ。
だが、ここで取り乱すのは得策じゃない。
俺は何もなかった顔をして、
しずかの隣――
いつもの定位置へと腰を下ろした。
その瞬間。
「たけるさん!?」
アスタナが目を見開く。
「いつも座っている椅子は、こちらですよ!
そちらは来客用ではありませんか?」
きらきらした瞳で、
なぜか“俺の席”を指差してくる。
(……何言ってんだ、この子)
素直な感想だった。
「俺の定位置は、ここです」
淡々と答える。
「そちらは来客用なので、
そのままで結構です」
その言葉に、
なぜかアスタナの視線が鋭くなり――
俺ではなく、
しずかへと突き刺さった。
しずかはというと、
まるで何も気づいていないかのように、
知らんぷりをしている。
……しているように見えた。
「それで」
俺は空気を切り替えるように口を開く。
「どういう状況でしょうか?」
素朴な疑問だった。
だが返ってきた答えは、
まったく素朴ではなかった。
「私はですね!」
アスタナが勢いよく立ち上がる。
「たけるさんとの子を孕むために来ました!!」
「……」
一瞬、言葉が消えた。
「……は?」
理解が追いつかない。
「それと!」
今度はガラテアが優雅に口を挟む。
「わたくしとの検証は、
まだ終わっておりませんわ」
「ですから、
改めて続きを行いたいと思いまして」
「……」
頭が痛い。
さらに追い打ち。
「お姉さまには、
すでにご理解いただいておりますので」
ガラテアはそう言って、
しずかの方を見る。
(……お姉さま?)
混乱が加速する。
俺はゆっくり、
しずかの方へ視線を向けた。
だが――
しずかは、
こちらを見ようともしなかった。
「……」
なんだ、このカオス。
俺は一度、深く息を吸った。
「事情は……大体わかりました」
本当は全然わかっていない。
「ガラテア様の検証については、
後日、改めてお付き合い致します」
「アスタナ様の件については――」
一拍置いて、はっきりと言う。
「お断りします」
「な、なぜですか!?」
即座にアスタナが食いつく。
一方で、
「それなら問題ありませんわ」
ガラテアは、
まるで最初からそうなると分かっていたかのように頷いた。
(……意味は分からんが)
「では」
俺は立ち上がり、冷静に告げる。
「そろそろお帰りいただけますか?」
アスタナは、
「残ります!!」
と、即答した。
だが次の瞬間。
「お時間です、アスタナ様」
ガラテアの侍女――クレアが、
有無を言わせぬ手つきで腕を掴む。
「ちょ、ちょっと待ってください!!
まだ話が――」
ずるずると引きずられながら、
アスタナは連れて行かれた。
ガラテアは扉の前で立ち止まり、
「次は使いを出した上で、
正式に王城へお呼びいたしますわ」
そう言ってから、
なぜかしずかに視線を向ける。
「お姉さま。
またお会いしましょう」
意味深な一言を残し、
去っていった。
……嵐が去った後の静けさ。
「……」
俺はしずかを見る。
「何があった?」
しずかは、
アスタナの目的、
ガラテアの目的、
“お姉さま”と呼ばれるようになった経緯――
すべて、淡々と話してくれた。
正直、理解しきれない部分も多かったが、
少なくとも害意はなさそうだった。
「……まあ」
俺は肩をすくめる。
「変な方向に転がらなきゃいいか」
話は、それで終わった。
その後。
ふと気になって、
俺は口にした。
「そういえばさ」
「しずかって、
俺より年下だったんだな」
「落ち着いてるし、
てっきり年上かと思ってた」
素直な感想だった。
だが。
その日、
しずかは俺を見なかった。
いつもなら、
当たり前のように俺のベッドに入ってくるのに。
その夜は、
自分のベッドで――
俺に背を向けたまま、眠っていた。
理由は、
まだ分からない。




