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死せる王女と、生きる矜持

しずかは静かに椅子を勧め、王女二人を座らせた。


 アスタナは部屋を一瞥し、ふと首をかしげる。


「……ところで、たけるさんがいつも腰掛けている椅子は、どちらですか?」


 一瞬の間。


 しずかは何でもないことのように視線を逸らし、淡々と答えた。


「来客用の椅子がある。

 たけるは、普段はそこに座っている」


 それは事実ではなかったが、

 余計な火種を生まぬための、静かな配慮だった。


 アスタナは「そうですか」と納得した様子で、

 その椅子に腰を下ろす。


 ガラテアは軽く咳払いをし、話を切り出した。


「では、本題に入りましょう。

 一応、父上――陛下より大まかな話は伺っております」


 赤い瞳をまっすぐに見据える。


「ですが、これは当事者の口から聞くべきこと。

 たけるとの出会いから、現在に至るまで。

 一切の虚偽なくお話しなさい」


 命令ではなく、確認。

 王女としての、そして同じ“立場を知る者”としての言葉だった。


 しずかは小さく頷き、語り始めた。


 ――この家で目覚めたこと。

 ――たけるに見つけられたこと。

 ――見えるようになり、触れられるようになった経緯。

 ――共に暮らし、食事をし、眠るようになったこと。


 全てを、淡々と。

 感情を盛ることなく、ありのままに。


 話を聞き終えた瞬間、

 最初に声を上げたのはアスタナだった。


「……そんな……!」


 両手で口元を覆い、声を震わせる。


「しずかさんは、たけるさんに身体を見られ、

 一緒にお風呂に入り、

 その上――毎晩、同じ寝台で眠っているというのですか!?」


 しずかは一拍置き、冷静に訂正する。


「寝台は並べているだけ。

 同じ寝台ではない」


 実際には、

 落ち着くという理由でたけるの寝台に入り、

 抱き寄せられたまま眠ることも多いのだが――

 今、その説明は不要だった。


 アスタナは顔を赤くし、声を荒げる。


「ですが!

 しずかさんは王女ですよ!?

 わたくと立場は変わらないはず!」


「そのような不埒な振る舞い、

 お慎みになるべきではないですか!」


 その言葉に、しずかは感情を動かさず答えた。


「……私は、死んでいる」


 静かな声が、部屋に落ちる。


「元王女ではあるけれど、

 今は“死んだ者”」


「あなたとは、立場が違う」


 その一言で、

 アスタナとガラテアは同時に息を呑んだ。


 ――そうだ。


 普通に話し、怒る。

 あまりに自然で、

 彼女が死者であることを、忘れていた。


 二人は視線を交わし、

 思わず、ふっと小さく笑った。


「……そう、ですね」


 アスタナが小さく頷く。


「たけるさんが、しずかさんを

 “生きている人間と同じように接している”と聞いていましたが……」


 しずかを見つめ、続ける。


「ほんの短い時間をご一緒しただけでも、

 わたしにも、それが分かります」


「毎日共に暮らしていれば、

 なおさら、そう思ってしまうのも無理はありません」


 空気が、わずかに和らいだ。


 ――だが。


「……それはそれとして!」


 アスタナが再び前のめりになる。


「たけるさんを、

 日常的に誘惑しているのではありませんか!?」


「別の女性――ゆなさんも住んでいるのでしょう?

 やましいことがないのであれば、

 その方と一緒に眠るべきではないんですか!?」


 完全に、私情だった。


 その様子に、ガラテアが額に手を当てる。


「……アスタナ。

 話が一向に進みませんわ」


 低く、しかし鋭い声。


「自重なさい」


 その一言で、

 アスタナははっと我に返り、

 うつむいて口を閉ざした。


 ガラテアは改めて、しずかに向き直る。


「さて……

 私からも、聞かせていただきたいことがあります」


「あなた自身は、

 この状況をどう捉えているのですか?」


「客観的に見て、

 死者がこうして現存し続けているなど、

 常理では考えられません」


「何か、心当たりがあるのでは?」


 しずかは、しばらく沈黙した。


 そして、ゆっくりと口を開く。


「……ある国の神話に、

 こう記されている」


 赤い瞳が、静かに揺れる。


「国が大きな混乱に陥る時、

 力ある者と

 癒しの力を持つ者が、

 同時に顕現(けんげん)すると」


「たけるは、魔法を使っても一切疲れない。

 使えなくなることもない」


「私も、同じ」


 一息置き、続けた。


「もしその神話が真実なら――

 本来、私は生きていなければならなかった」


「けれど、私は死んだ」


「だからこそ、

 混乱に耐えるために、

 **このような形で“残された”**のだと思っている」


 そして、少しだけ視線を伏せる。


「……この話は、

 まだ、たけるにはしていない」


 言葉が、落ちた。


 アスタナとガラテアは、

 完全に言葉を失っていた。


 もしそれが真実なら――

 世界は、

 すでに危機の只中にある。


 そして、本来並び立つはずの一人は、

 欠けたままなのだ。


 それでもなお、

 しずかがこうして在り続けている理由。


 それは――

 神の意思か、

 あるいは、世界そのものの抵抗か。


 沈黙が、

 重く、長く、部屋を満たしていった。

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