形式なき来訪、赤き瞳の叱責
ほぼ同じ刻限。
ほぼ同じ目的。
そして偶然にも――
たけるの家の前で、二人の王女は鉢合わせた。
先に口を開いたのは、白銀の髪を揺らすアスタナだった。
「……お姉さま?」
柔らかな声音の裏に、わずかな棘を忍ばせる。
「このような平民の家へ、いかなる御用件で参られたのですか?」
それに対し、金の髪をなびかせたガラテアは、ゆっくりと視線を向けた。
「それはこちらの台詞ですわ、アスタナ。
あなたこそ、どのような理由で此処へ?」
空気が、ぴり、と張り詰める。
アスタナは胸に手を当て、王女然とした口調で言い切った。
「私は、確認すべき事項があり参りました。
先の一件において、たけるさんに後れを取った以上、
本来であればお姉さまは訓練に精を出されるべきではありませんか?」
その言葉に、ガラテアの眉がわずかに動く。
「……負けた、ですって?」
ふ、と鼻で笑い、
「わたくしは戦ってすらおりません。
検証の途中であったが故に、
その続きを打診しに参ったまでのことですわ」
そして、鋭く言い放つ。
「大した公務も担っていないあなたこそ、
王城へお戻りになるべきではなくて?」
姉妹でありながら、
たけるという存在を前にして、互いに一歩も譲る気はない。
視線と視線がぶつかり、
言葉なき火花が散った。
その間に、静かに一歩前へ出たのは、
ガラテア付きの侍女――クレアだった。
「……このような場所で口論をなさっても、
何一つ益はございません」
淡々と、しかし的確に続ける。
「まずは訪問を果たすこと。
それが最優先事項ではございませんか?」
その言葉に、
アスタナとガラテアは一瞬視線を交わし、
ばつが悪そうに表情を曇らせた。
クレアはそれを確認すると、
何の躊躇もなく扉へ歩み寄り、
こん、こんと控えめにノックをする。
――返答はない。
「失礼致します」
そう告げ、
クレアは遠慮なく扉を開いた。
そこにいたのは、
椅子に腰掛け、静かに佇む一人の女性。
黒髪に、
赤い瞳。
その瞳が、
ゆっくりとこちらを見上げた。
しずかだった。
クレアは一瞬も怯むことなく、
丁寧に一礼する。
「失礼致します。
たける殿は、ご在宅でしょうか?」
「……いない」
簡潔で、余分のない返答。
クレアが「そうでございますか」と一礼し、
退こうとした、その背後から――
二つの顔が覗き込んだ。
互いに名乗りを済ませた後、
ほぼ同時に、声が重なる。
「たけるさんは、どちらへ?」
「あの男は、どこへ行ったのかしら?」
一拍。
しずかは二人の王女を、
じっと見つめた。
その赤い瞳に、
揺らぎはない。
やがて、冷ややかな声で問いを投げる。
「……王女が二人も揃って、
どのような要件でここへ?」
間。
「先触れは、出したの?」
その一言に、
アスタナもガラテアも、言葉を失った。
そう。
本来、王女が誰かを訪ねる際には、
事前の通達、日時の調整、形式の遵守――
それが当然の礼である。
沈黙を破ったのは、アスタナだった。
「……平民の家を訪れるのに、
そのような形式は不要です」
声が、わずかに荒れる。
「あなたは何者ですか?
たけるさんの居場所を、お答えなさい!」
その言葉に、
しずかは一度、静かに目を伏せた。
そして――
諭すように、しかし明確に告げる。
「平民の家であろうと、
訪問の礼を欠いて良い理由にはならない」
顔を上げ、二人を見据える。
「もし、この訪問で問題が起きた場合、
責を負うのは王女ではなく、訪問先の民」
「民あってこその国。
それが理解できないのであれば――
王女としての学び直しが必要」
言い切った後、
しずかは静かに視線を逸らした。
「……なんですって!!
失礼ではありませんか!」
図星を突かれたアスタナが声を荒げる。
だが、
ガラテアがその肩に手を置いた。
「……落ち着きなさい、アスタナ」
そして、しずかへ向き直る。
「あなたの言葉、筋は通っていますわ。
無作法であったことは認めましょう」
しかし、と続ける。
「今回は緊急事態ゆえ、
このような形を取らざるを得なかった。
たけるの居場所を教えていただけますか?」
事情を理解した言葉に、
しずかは再びガラテアを見る。
「今は、仕事へ出ている」
淡々と告げ、
「次に訪問する際は、
王女としての礼を尽くしてからにして」
そのやり取りは、
無礼な平民と王女の衝突ではなく――
まるで、年長の姉が妹たちを諭すかのようだった。
ガラテアは一瞬目を細め、
やがて微笑を浮かべる。
「……そうですわね。
次は、正式な形で伺いましょう」
そして、ふと視線を鋭くする。
「ですが……」
一歩踏み出し、
しずかを見据える。
「あなたが、
亡くなったにもかかわらず、
たけると共に暮らしている女性ですね?」
「今回は、
たけるへの訪問ではなく――
あなたへの訪問として、
少し話を聞かせていただけるかしら?」
しずかは、しばし沈黙した後、
小さく頷いた。
「……分かった」
そうして、
二人の王女と侍女を、
静かに家の中へ招き入れた。




