雷を纏う日常と、守りたい当たり前
難しい話は、ここまでにしよう。
そう俺は区切りをつけ、
いつも通りに風呂を沸かし、
いつも通りに夕食を作り、
いつも通りに三人で食卓を囲んだ。
王女だの、聖女だの、
世界の均衡だの――
そんなものは、
今この家の中では一旦、棚の上だ。
夜になり、布団を敷く段になって、
ゆなが少しもじもじしながら言い出した。
「……今日は、一緒に寝てもいいですか?」
「え?」
「なんか、その……
色々あったじゃないですか」
しずかは何も言わず、
ただ静かにこちらを見ている。
「……いいんじゃないか?」
そう答えると、
ゆなはぱっと表情を明るくした。
結果――
川の字、というやつだ。
三人で布団に並び、
天井を見上げながら眠りにつく。
夜中、寝返りを打った拍子に目を覚ますと、
以前ゆなが言っていた通りの光景がそこにあった。
しずかは、
ゆなの腕を避けるように、
俺の方へとぴったり寄り添っている。
一方のゆなは、
少し離れた位置で、
どこか寂しそうな顔のまま眠っていた。
「……」
思わず、苦笑する。
本当に、どうでもいい光景だ。
だけど――
俺は、この生活が、
たまらなく好きになってしまったらしい。
翌朝。
ゆなはいつも通り仕事へ向かい、
家には俺としずかだけが残った。
俺は、ふと思う。
今回の件――
もし俺が、
もっと早く、
もっと速く駆け付けられていたら。
「……向き合うか」
魔法と。
これまで、
必要な時に、
なんとなく使っていただけだ。
だが今回で、
「守れなかったかもしれない」という現実を突きつけられた。
馬にも乗れない。
足も速くない。
それなら――
魔法で補うしかない。
「移動……か」
独り言が漏れる。
「移動って言ったら、瞬間移動だよな?」
「でも、あれ原理が分からなすぎる」
「空間魔法?
転移魔法?
そもそもそんな分類、この世界にあるのか?」
ぶつぶつ考えながら、
ふと、ある記憶が脳裏をよぎった。
「……あ」
「雷、使えるじゃん」
漫画のワンシーン。
雷を纏い、
信じられない速度で移動するキャラ。
「……いけるんじゃね?」
理屈?
知らん。
でも――
この世界の魔法は、
割とイメージ通りに動く。
「ちょっと、出てくる」
しずかに声をかけ、
俺は人目を避けて森へ向かった。
森の中。
誰もいない場所で、
深呼吸する。
「雷を出した時、
感電はしてない」
「だったら……
自分に纏わせても、いけるよな?」
単純すぎる考え。
だが――
魔法は、理屈よりもイメージだ。
身体の表面を、
薄く、均一に、
雷で覆う。
それを“推進力”として使う。
「……よし」
踏み出す。
――瞬間。
景色が、跳ねた。
「っ!?」
音も、風も、
一拍遅れて追いついてくる。
速い。
尋常じゃなく、速い。
「……できてる」
最初は身体にかかるGに戸惑ったが、
何度か繰り返すうちに慣れていく。
まるで、
身体が“それを前提”に調整されているかのように。
「……魔法、なんでもありかよ」
正直、引いた。
その後も、
ゆなが怪我を負った場所まで走り、
別の場所へ移動し、
距離と速度を試してみる。
――疲れない。
息も乱れない。
汗すら出ない。
「……おかしくない?」
立ち止まり、空を見上げる。
「普通さ、
MPとかあるだろ」
「使えば疲れるとか、
枯渇するとか」
「……なんで、俺だけ無限なんだ?」
ゲームでも、小説でも、
必ずあった“制限”。
それが、
ここにはない。
代償が、見当たらない。
「……嫌な予感しかしないな」
答えは出ない。
考えても分からない。
なら――
知っていそうなやつに聞くしかない。
「……しずかだな」
俺は家へと戻った。
この力の正体を、
そして、
なぜ代償が存在しないのかを。
何気ない日常の裏で、
確実に、
世界の歯車は動き始めていた。




