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王女ステルベン、その真実

しずかは、しばらく沈黙したまま視線を落としていた。

 やがて、覚悟を決めたように小さく息を吸い、ゆっくりと語り始める。


「……私は、生まれながらに王城にいました」


 その声音は淡々としており、

 自分の過去を語っているというより、

 遠い出来事を記録のように読み上げているかのようだった。


「サーデンス王国第三王女として、生を受けました」


 その言葉に、場の空気がわずかに張りつめる。


「ですが……

 黒い髪と赤い瞳を持つ私の姿は、

 各地に伝わる“死を運ぶ魔女――ステルベン”の伝承と酷似していました」


「国民の不安と混乱を避けるため、

 私は公の場に出ることを許されず、

 城の奥で、人目につかぬように育てられました」


 迫害――という言葉は、彼女の口からは出ない。

 ただ、事実だけが静かに積み重ねられる。


「城の者たちは事情を理解していましたから、

 暴言や暴力を受けることはありませんでした」


「ですが、会うことを許された人物は限られ、

 “城にいる者”として、

 書類整理や執務の補助などを任されていました」


 ――王女でありながら、

 王女として生きることを許されなかった人生。


「十五の成人を迎えた折、

 私は治癒の魔法を発現しました」


 その瞬間、ゆなの表情が強張る。


「国のためになるのであれば、

 この力を使え、と王命が下されました」


「平民、貴族を問わず治療を行うため、

 私は常に深いフードを被り、

 顔を伏せたまま各地を巡りました」


「それでも……

 助かったと涙を流して感謝されるたび、

 自分が生きている意味を、

 初めて実感できたのです」


 その言葉は、

 あまりにもささやかで、

 それだけに胸に刺さった。


「ある時、とある街で病が大きく流行しました」


「私は護衛と共に、

 王命によりその街へ向かいました」


 しずかは一度、言葉を切る。


「ですが……

 その街では今なお、

 ステルベンの伝承が強く忌避されていました」


「些細な事故でした。

 人の流れに押され、

 フードが外れてしまったのです」


 黒髪と赤い瞳。

 ――それだけで、十分だった。


「その場では、何も起きませんでした。

 ですが……数日後」


「同行していた護衛が、

 何者かに毒を盛られました」


 ゆなの息が、詰まる。


「死に際に、彼は私に言いました。

 ――逃げろ、と」


「私は……

 言われるがまま、街を抜け出しました」


「逃げて、逃げて……

 辿り着いた先で、

 この家の元の所有者である貴族に捕らえられました」


 その先を、彼女は淡々と告げる。


「……そして、殺されました」


 部屋に、重い沈黙が落ちる。


 俺は、胸の奥が焼けつくような感覚を覚えていた。

 ――なんて、くだらない話だ。


 助けに来た人間を、

 古い伝承だか噂話だかで殺す?

 現実に命を救っていた人間を?


 怒りが、静かに、しかし確実に湧き上がる。


「……」


 アルバトスは深く息を吐いた。


「はぁ……

 まさか、しずか殿が

 サーデンス王国の第三王女であらせられたとは」


「私は幾度も同国を訪れておりますが、

 内密にと前置きしたうえで、

 “第三王女の行方について、

 何か掴めたなら知らせてほしい”

 と嘆願されておりました」


「このような結末に至っていたとは……

 さて、どのように報告すべきか」


 外交官としての顔でありながら、

 そこには確かな苦悩が滲んでいた。


 俺は、堪えきれずに問いかける。


「……それで、

 しずかは、どうなるんでしょうか」


「サーデンス王国へ……

 連れて行かれるんですか?」


 この生活が、壊される。

 その想像が、胸を締めつける。


 だが、アルバトスはきょとんとした顔をした。


「……どうなる、とは?」


「しずか殿は、すでに亡くなっておられる」


「死者を連れ戻すことも、

 裁くことも、

 国としては不可能だろう」


 その一言で、

 俺とゆなは同時にハッとした。


 ――そうだ。

 忘れていた。


 あまりにも自然に、

 あまりにも“そこにいる”から。


 だが、しずかは――幽霊だ。


 俺とゆなは顔を見合わせ、

 思わず苦笑してしまう。


「……全く」


 アルバトスは、呆れたように肩をすくめる。


「君たちにとって、

 しずか殿は“死者”ではなく、

 生きている人間と何ら変わらぬ存在なのだな」


 責めるでもなく、

 感心するでもなく。


 ただ、事実を受け入れるように、

 彼はそう口にした。


 その言葉は、

 この小さな家で紡がれてきた日常が、

 どれほど異質で、

 どれほど大切なものかを、

 静かに証明しているようだった。

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