宮廷特使、真実を秤にかける
王城を後にし、家へと向かう馬車の中。
車輪の低い音が一定のリズムを刻む中で、アルバトスは静かに口を開いた。
「たける殿。
不躾を承知で申し上げるが……
その腰に刻まれた紋様、改めて拝見してもよろしいだろうか」
その声音には、好奇でも詮索でもない、
職責としての確認だけがあった。
「……わかりました」
俺はそう答え、馬車の揺れに気をつけながら衣服を緩める。
さすがに腰布――というか下着を半分ほど下ろす格好は、
どう言い繕っても落ち着かない。
だが、
アルバトスの視線には一切の私情がなく、
学者が文献を読むような、
あるいは外交官が地図を確かめるような真剣さだけがあった。
「……ふむ」
彼はしばし無言で、
刻まれた線の流れ、重なり、歪みを追う。
「私の記憶が確かであれば――」
やがて、静かに言葉を継ぐ。
「君の腰にある紋様の中には、
古文書に記された“紋章”が確かに存在している。
ただし、完全な形ではない。
他の刻印と重なり合い、歪められ、封じられているように見える」
俺は身だしなみを整え、馬車の座席に戻った。
「救世主かどうか――それは断じかねる」
アルバトスは正直だった。
「しかし、特別な存在であることは疑いようがない」
そして、声を落とす。
「口外はせぬ。
その前提で話そう」
彼の目が、真正面から俺を捉えた。
「この十年ほど、
各地で“特殊な魔物”と呼ばれる存在が出現している。
従来の生態とも、魔法理論とも一致しない個体だ」
「原因は未だ調査中だが……
文献の中では、それらの異変と“救世主”の存在は
確実に結びついて記されている」
王と王妃の柔らかな言葉とは違う。
この男は、現場を知り、国の裏側を見てきた者の現実を語っていた。
「陛下と王妃殿下は、
君の生活を壊すことはないと仰せだ」
「だが――
国が真に危機に瀕した時、
必ず君の力を借りることになるだろう」
それは命令ではなく、
予告だった。
「その覚悟だけは、
今のうちに持っておいてほしい」
「……承知しました」
俺は、飾らずにそう答えた。
やがて馬車は家の前に止まる。
「先に、彼女――しずか殿と話をさせてほしい」
アルバトスの申し出に、俺は頷き、先に家へ入った。
中には、ゆなとしずか。
二人とも、俺の表情から何かを察したのか、不安そうだ。
「王城でのことは話す。
それから……
アルバトス殿が、しずかに話を聞きたいそうだ」
しずかは一瞬だけ目を伏せ、
そして、静かに頷いた。
覚悟していたのだろう。
俺はアルバトスを招き入れる。
「失礼いたします」
宮廷特使は、平民の家であることなど意にも介さず、
礼を尽くして一礼した。
俺、ゆな、しずか、アルバトス。
四人が椅子につき、
静かな話し合いが始まる。
「まず、確認させてほしい」
アルバトスが切り出す。
「君が“本当に死している存在”なのかどうかだ」
「たける殿。
一度、家の外へ出ていただけるか」
「しずか殿は、
そのネックレスを外してほしい」
嫌悪も恐怖もない。
ただ、事実を確かめるための言葉。
俺は外へ出て、
しずかは静かにネックレスを外した。
――数分後。
「……入ってきてください」
ゆなの声で戻ると、
そこには“何もいない”空間があった。
「……なるほど」
アルバトスは、深く息を吐く。
「見えなくなるという体験は、
私の人生で初めてだ」
そして、はっきりと告げた。
「たける殿の言葉は真実だ。
この件については、
王と王妃にそのまま伝えよう」
その一言で、
胸の奥に溜まっていたものが、少しだけほどけた。
「さて――」
アルバトスは、しずかへと視線を向ける。
「しずか殿。
君は、どのような人生を歩み、
この国で死を迎えたのか」
声は、あくまで静かだ。
「治癒の魔法を使える者は、
貴族であれ平民であれ、極めて貴重だ」
「だが――
ステルベン」
その名が、重く響く。
「死を運ぶ魔女。
大規模な殺戮を行ったと伝えられる存在」
「国や地域によっては、
今なお迫害の対象でもある」
アルバトスは、真っ直ぐにしずかを見た。
「私は、各国を巡る中で確信している。
その存在と、現在発生している特殊な魔物には
無関係ではない、と」
「この国のためにも――
そして、君自身のためにも」
「どうか、
偽りなき言葉で語ってほしい」
部屋に、静寂が落ちる。
しずかは少しの間、考えるように視線を下げ――
やがて、ゆっくりと口を開いた。
自分の生い立ちを、
そして“薬を作っていた日々”を語るために。




