癒しの光と、決して口にしてはいけない名前
しずかの手のひらから溢れ出た光は、
淡く、温かく――それでいて、どこか神聖だった。
ゆなの足に走っていた裂傷が、
まるで時間を巻き戻すかのように、みるみる内に塞がっていく。
血は消え、
腫れは引き、
皮膚は何事もなかったかのように元に戻る。
――回復、という言葉では軽すぎる。
ゲームの回復エフェクトなんて比べ物にならない。
目の前で起きているのは、
生き物そのものを“正しい状態へ戻す”行為だった。
俺は、ただ呆然とその光景を見ていた。
光が静かに収束し、
しずかの手から消える。
「……これで、もう大丈夫」
その声で、ようやく意識が現実に引き戻される。
「ゆな……大丈夫か?」
ゆなはゆっくりと上体を起こし、
自分の足を見下ろした。
「……え? ……あれ?」
信じられない、という顔。
「……大丈夫、です……」
どこか夢を見ているような声音だった。
俺は確かめるように、
無意識にゆなの足へ手を伸ばしていた。
――触れる。
確かに、傷はない。
「……治ってる……」
指でなぞり、軽くこすって、
それでも信じられず何度も確認していると――
「た、たけるさん……」
ゆなの声。
見上げると、顔が真っ赤だった。
「……は、恥ずかしいです……」
「あっ、ご、ごめん!!」
慌てて手を引っ込める。
その瞬間、ようやく頭が通常運転に戻った。
「……しずか。
回復魔法……使えたんだ?」
そう声をかけると、
しずかは小さく頷く。
けれど――
どこか元気がない。
「……疲れる?」
そう聞こうとした、その時だった。
「ただいまーーーっ!!!」
玄関が勢いよく開き、
ニーナの声が家中に響く。
包帯や薬草、簡易治療具を抱えて飛び込んできたニーナは、
ゆなの足を見た瞬間、目を丸くした。
「……え?」
「……えっ!?」
「……えええええええ!?」
「治ってる!? なんで!?!?」
事情を簡単に説明すると、
ニーナは大声で驚き、興奮する。
「魔法……!?
回復魔法って、こんな……すごいんですか!?」
「……たぶん、普通じゃない」
俺がそう言うと、
ニーナは何度も頷きながら、
「本当に……よかった……!」
と、心から安心したように笑った。
その直後だった。
ゆなが、しずかにぎゅっと抱きつく。
「本当に……ありがとうございます……!」
しずかは一瞬驚いたが、
抵抗せず、ただ静かに受け止めていた。
――その時。
コン、コン。
ドアを叩く音。
嫌な予感が、背筋を走る。
俺が出ると、
そこには先ほどの護衛が立っていた。
「大丈夫だったか?」
「……はい。とりあえず」
「そうか。
一度、平民街の医療施設に――」
そう言いかけた、その瞬間。
「回復魔法で治ったから大丈夫ですよ!」
――ニーナ。
元気いっぱいの、余計な一言。
空気が、凍った。
「……回復魔法?」
護衛の目が、鋭くなる。
「治癒のことか?
……お前が使ったのか?」
じっと、俺を見る。
「男が治癒の魔法を使えるなど、聞いたことがないが」
やばい。
これは――完全にやばい。
「い、いやー……どうでしょうねー……?」
必死に誤魔化そうとした、その時。
「使えるのは、しずかさんですよ!」
――ニーナ、追撃。
俺の脳内で、何かが音を立てて崩れた。
慌ててニーナの口を塞ぐ。
「しーっ!!」
ようやく事態を理解したのか、
ニーナの目が泳ぐ。
「あっ……あっ……」
「う、嘘です!!
たけるさんでした!!」
――最悪の言い訳。
護衛は、もう何も言わなかった。
ただ、俺をじっと見つめ――
「……報告が必要だな」
静かに告げる。
「一緒に来てもらえるか?」
拒否権など、ない。
こうして俺は――
また王城へ向かうことになった。
今度は、
“癒しの光”と、
決して口にしてはいけない存在を背負ったまま。




