扉の向こうから来た“日常”
次の日。
ゆなは朝からやけに元気だった。
「今日は友達と予定を合わせてくるので! 夕方には帰りますね!」
「はいはい、行ってらっしゃい」
そう言って見送ってから、俺はいつも通り家を出た。
土木工事の現場に着くと、長が腕を組んで待っていた。
「おい、たける。
平民が何度も王城に行くなんて、どうなってんだ?」
低い声だが、怒っている様子はない。
「俺にできることはねぇがな。
仕事に関しては、お前は文句なしだ」
そう言って、
どん、と肩を叩かれる。
「困ったら頼れ。
働き口があるってのは、そういうもんだ」
「……ありがとうございます」
(このおっさん、本当に格好いいな)
心の底から、そう思った。
仕事中はコウヘイと組む場面も多く、
案の定、質問攻めにあった。
「なあ、いつ家呼んでくれるんだよ」
「討伐、ほんとにもうやらねぇの?」
「報酬、また出るぞ?」
「はいはい、その話は終わり」
のらりくらりとかわしながら、
一日を終え、家へ戻る。
扉を開けると、
「……おかえり」
いつもの椅子に座ったしずかが、
変わらない声で迎えてくれた。
「ただいま」
それだけで、少し肩の力が抜ける。
風呂と食事の準備を手早く済ませ、
今日は少し時間に余裕ができた。
ふと、前から気になっていたことを口にする。
「そういえばさ……
聞いてなかったんだけど」
しずかを見る。
「この家から、外に出ることってできないの?」
しずかは、少し間を置いて答えた。
「……出れない」
「出ようとすると?」
「……身体が、押し戻される」
押し戻される、か。
言葉の意味を考えていると、
しずかは静かに立ち上がった。
そのまま玄関へ向かう。
「……見てて」
俺も少し距離を取って後を追う。
玄関の前。
ドアを開け、しずかが一歩踏み出そうとした瞬間――
ぴたり、と動きが止まった。
見えない壁。
本当に、そんな感じだった。
手を伸ばしても、
空気に阻まれるように進めない。
「……本当に、出れないんだな」
そう呟くと、
二人で元の椅子へ戻った。
心霊動画好きとしての、
あまり役に立たない知識を総動員して聞いてみる。
「この家に、
大切な物とか、強い心残りは?」
「……ない」
「じゃあ、
家の中でどうしても気になる場所とかは?」
「……ない」
詰んだ。
正直、今の生活は悪くない。
むしろ、かなり居心地がいい。
でも――
生きているみたいに過ごせるなら、
外にも連れて行ってやりたい。
そんなことを考えていると、
しずかがぽつりと言った。
「……一人だった時より、今は楽しい」
顔はいつも通り。
でも、どこか柔らかい空気。
「外には、出てみたい気持ちもある」
そして、
「でも……
たけると、ゆなと一緒に過ごせるなら」
「出れなくても、大丈夫」
俺は、思わず笑ってしまった。
「そっか。
……わかった」
その瞬間――
「お邪魔しまーす!!」
「ちょ、待って!!」
勢いよく扉が開く音。
明るい声と、焦った声が重なる。
俺としずかは同時に顔を上げ、
玄関の方を見た。
――日常は、
どうやらノックなしでやって来るらしい。
そんなことを思いながら、
俺は静かに立ち上がった。




