女王の微笑みは、嘘を許さない
――少し、悪いことをしたかもしれない。
そんな反省が、ようやく胸の奥に芽生え始めた、その時だった。
「……それにしては」
ユリアナが、ゆっくりと首を傾げた。
「どこか楽しそうにしているわね、ウィル」
空気が、一瞬で変わった。
ウィルの肩が、びくりと跳ねる。
「あなた、自覚はあるのかしら?」
先ほどまでの、柔らかく包み込むような笑顔は消えていた。
そこにあったのは、
感情を完全に排した、冷たい視線。
「私は真実が知りたいのです」
静かな声なのに、逃げ場がない。
「これまでの行いについて、罪を咎めるつもりはありません。
けれど――」
ユリアナは、はっきりと言った。
「私の前で嘘をつくことは、罪です」
ウィルの視線が泳ぎ、
喉が鳴る音が、やけに大きく響いた。
数秒の沈黙のあと、
彼は観念したように、口を開く。
「……すみません」
絞り出すような声だった。
「僕は……」
一度、こちらを見て、すぐに視線を逸らす。
「彼――たけるの身体に触れた時……
その……反応する動きに、興奮を覚えていました」
「…………」
その場の空気が、完全に凍った。
(は?)
俺だけじゃない。
護衛も、侍女も、明らかに動揺している。
ユリアナだけが、表情を変えずに言った。
「それで?」
「……中途半端に止められるのが、嫌で……
つい、声を荒げてしまいました」
沈黙。
次の瞬間、
俺の中にあった反省は、きれいさっぱり吹き飛んだ。
(……え?)
(こっち側?)
まさかの告白に、
この世界に来て初めて感じる“妙な親近感”。
そんな俺の内心をよそに、
くすくす、と上品な笑い声が響いた。
「ふふ……」
ユリアナが、口元を手で隠しながら笑っている。
「そう。それは……とてもおもしろ――」
一瞬、言いかけてから、
「……いえ、大変な理由だったのね」
さらりと修正した。
(今、面白いって言いかけたよな?)
疑惑の目を向けるが、
女王は何事もなかったかのように微笑む。
「事情は理解しました。
この件については――」
きっぱりと。
「お咎めは、一切なしとします」
場の緊張が、ふっと緩んだ。
俺も、ひとまず息をつく。
(……終わった、のか?)
だが。
「さて」
ユリアナの視線が、今度は俺に向いた。
笑顔は、変わらない。
けれど、空気が違う。
「本題に入りましょう、たける」
名前を呼ばれただけで、背筋が伸びる。
「あなたの事情は、すべて聞いています」
――全部、か。
「そこで、一つだけ聞いておきたいことがあります」
ゆっくりと、言葉を選ぶように。
「あなたは、この国の敵ですか?
それとも、味方ですか?」
心臓が、どくりと鳴った。
「あなたの魔法の威力は、
この国にいる魔法使いたちと比べても、明らかに突出しています」
事実を、淡々と並べる。
「その力があれば、
この国を混乱に陥れることも可能でしょう」
にこやかに、けれど逃げ場なく。
「先ほども言いましたね。
私の前で嘘は罪です」
じっと、目を見つめられる。
「嘘偽りなく、答えていただけますね?」
圧が、重い。
(……確かに)
冷静に考えれば、
俺は相当、怪しい存在だ。
この国の常識からすれば、
異物もいいところだろう。
だからこそ、
変に取り繕うのはやめた。
「敵か味方かで言えば……」
俺は、正直に言った。
「敵ではありません」
そして、少し肩の力を抜く。
「今は土木工事を仕事にして、
家に帰れば、ひょんなことから知り合った宿屋の娘と
……楽しい日常を送っています」
思ったままを、言葉にする。
「金は欲しいですけど、
ある程度生活できれば、それで満足です」
視線を上げる。
「この生活が脅かされなければ、
不満も、野心もありません」
沈黙。
ユリアナは、じっと俺を見つめていた。
数秒――
いや、もっと長く感じた沈黙のあと。
「……そうですか」
穏やかに、頷く。
「では、今の生活が壊されないよう、
こちらも配慮しましょう」
さらりと、とんでもないことを言う。
「ただし」
にこり。
「もしもの時は、力を借りるかもしれません」
視線が、真っ直ぐ突き刺さる。
「その時は、助力してくださいね?」
そして、静かに続けた。
「あなたにこの国を去られることこそ、
私は“国の脅威”だと思っていますから」
それは、脅しではなく。
――本心だった。
俺は、深く息を吸い、頭を下げる。
「……もちろんでございます」
こうして。
長く、面倒で、
そして取り返しのつかない騒動は、
ひとまずの終わりを迎えた。
少なくとも、表向きは。




