微笑む女王と、壊れた心の置き場所
その女性――いや、女王は、
俺とウィルに向かって、ゆるやかに手を差し出した。
「どうぞ。そちらに座って」
声音は柔らかく、
命令というより“気遣い”に近い。
護衛が一瞬、動こうとしたが、
女王が視線を向けただけで、その動きは止まった。
俺とウィルは顔を見合わせ、
「失礼します」と小さく告げて、対面のソファに腰を下ろす。
その女性は、にこりと微笑んだ。
年齢は三十代ほどに見える。
だが、肌は張りがあり、どこか少女のような雰囲気すらある。
白銀の長い髪は、光を受けてきらりと輝き、
ただそこにいるだけで、視線を引きつける存在感があった。
「さて……」
女性は穏やかに口を開く。
「自己紹介がまだでしたね。
私はこの国の女王、ユリアナです」
にこにこと、実に楽しそうに笑う。
「気絶している二人の王女――
あの子たちの、母でもあります」
(……女王?)
内心で固まる俺とは対照的に、
ユリアナはまるで世間話でもするかのようだ。
名乗られた以上、こちらも名乗らないわけにはいかない。
「……たけると申します。
平民で、今は土木の仕事をしております」
できるだけ簡潔に。
少し遅れて、ウィルもおずおずと口を開く。
「ウィル、です……平民です」
ユリアナは、ふむふむと頷きながら話を聞いていた。
「緊張しますよね」
ふっと、優しい声で言う。
「でも、大丈夫。
あなたたちが罪に問われることはありません」
その言葉に、少しだけ肩の力が抜ける。
「私はね、見ていました」
にこやかなまま、続ける。
「訓練場での検証も。
ガラテアがあなた――たけるさんの魔法を確認していたことも」
(……見てた?)
いつから?
どこで?
そんな疑問が浮かぶが、
女王はまるで心を読んだかのように微笑んだ。
「ですから安心して。
過剰に騒ぎ立てるつもりはありません」
その笑顔は柔らかい。
けれど、どこか底が見えない。
そして、ユリアナは視線をウィルへ移した。
「それで……ウィルでしたね」
声色は変わらない。
「訓練場で見たあなたと、
先ほどのあなたは……まるで別人でした」
ウィルの肩が、ぴくりと震えた。
「何か事情があるのでしょう?」
しばし沈黙。
ウィルは俯き、拳を握りしめ、
やがて、ぽつりぽつりと話し始めた。
小さな村。
家族三人での暮らし。
だが、高すぎる税。
払えない現実。
捕らえられた父親。
そして――
税の代わりとして、差し出された“自分”。
少年が好きだと噂されていた領主。
拒む権利など、最初からなかった。
玩具のように扱われた数年。
新しい“献上品”が現れ、
用済みとして放り出されたあと。
戻った村に、居場所はなかった。
両親はいない。
村人は目を逸らす。
追い出されるように村を出て、
彷徨った末に拾われた老夫婦。
拒まれなかったこと。
孫のように扱ってくれたこと。
そして――
恩返しのために街へ出た結果が、今。
話し終えたウィルは、深く俯いたままだった。
俺は、何も言えなかった。
(……想像以上だ)
軽率だった。
本当に、軽率だった。
そんな空気の中、
ユリアナは静かに言った。
「それは……大変だったわね」
心からの同情かどうかは、分からない。
だが、その次の言葉が続く。
「でも」
にこり、と笑う。
「それで、どうして
あそこまで性格が変わったのかしら?」
首をかしげる仕草すら、優雅だ。
「事情は分かりました。
でも、豹変するほどの理由かと言われると……」
その瞬間、
俺ははっきりと理解した。
(……価値観が、違う)
この人たちにとって、
“壊される”という感覚は、別物なのだ。
ウィルは、震える声で答えた。
「……分かりません」
そして、歯を食いしばる。
「でも……」
顔を上げ、俺を見る。
「裏切られたと思った瞬間、
この男が……許せなくなったんです」
裏切り。
両親に捨てられたこと。
村に捨てられたこと。
そして――
俺が、彼を“身代わり”にしたこと。
すべてが、一本の線で繋がった。
(……俺は)
完全に、地雷を踏んでいた。
その事実が、
胸の奥に、重く沈んだ。




