踏み越えられた一線と、笑みを浮かべる第三者
布がずり落ちた瞬間、
俺は反射的に身体をひねり、壁の方へ向き直った。
(まずい……!)
だが、遅かった。
「きゃっ……!」
高く、思わず漏れたような声。
ガラテアのものだ。
次の瞬間、怒声が飛ぶ。
「何をしている!」
護衛の一人が、ウィルを強く叱責した。
「そこまでする必要はないと言ったはずだ!」
だが――
ウィルは、引かなかった。
「……譲れません」
低く、しかしはっきりとした声。
「ガラテア様はおっしゃいました。
“非人道的だと言われようが、隅々まで調べる”と」
一歩、前に出る。
「ならば、隅々まで確認する必要がある!」
その言葉に、場が凍りつく。
(……誰だ、こいつ)
最初に会った、気弱な少年の面影は、もうない。
「違います!」
ガラテアの声が、きっぱりと響いた。
「わたくしが“必要ない”と言ったのです!
早く彼に衣類を――」
言い切る前に、
ウィルはさらに声を荒げた。
「貴族の義務だと、あなたは言った!」
「最後まで見届けるのが、
貴族の責任でしょう!」
――平民が、王女に向けて放つ言葉ではない。
護衛たちが一斉に動こうとする。
ガラテアは一瞬、言葉を失い、
それでもこちらへ視線を向けようと――
その時だった。
バン!
扉が勢いよく開く。
「たけるさんの身体を見るのは――
私の役目です!」
息を切らしながら飛び込んできたのは、アスタナだった。
その背後には、
アスタナたちよりも背が高く、
柔らかな笑みを浮かべた、美しい女性の姿。
(……誰だ?)
だが、その疑問を考える暇もなく、
ウィルが俺の肩を掴み、体勢が崩れる。
視界が一瞬、反転する。
「なっ……!」
「まぁ……!」
ガラテアとアスタナ、
二人の声が重なった次の瞬間――
王女二人は、
その場で意識を失った。
「姫様!」
「アスタナ様!」
護衛と侍女たちが慌てて駆け寄り、
二人を支える。
(……やってしまった)
だが、怒号も断罪も来ない。
代わりに、
後ろから、くすっと笑う声がした。
「まあ……本当に、面白いことになっているのね」
先ほどの女性だ。
穏やかな笑顔のまま、淡々と告げる。
「その二人は、私の部屋へ運びなさい。
――服は、きちんと整えてからね」
その一言で、護衛たちが一斉に動く。
「はっ!」
……この人、
相当、立場が高い。
俺は急いで衣類を身につけ、
ウィルと並んで、別の護衛に連れられた。
案内された部屋は、
先ほどよりも落ち着いた、上品な空間だった。
その女性は、
すでにソファに腰掛け、優雅に足を組んでいる。
俺はどう振る舞うべきか分からず立ち尽くし、
ウィルは――
まるで正気に戻ったかのように、
最初に会った頃のような、おどおどした様子に戻っていた。
「大丈夫よ」
女性は、やわらかな声で言う。
「咎めるつもりは、ありません」
そして、にこやかに続けた。
「ただ――
少し、話を聞きたいだけ」
視線でソファを示す。
「そこに、座ってもらえるかしら?」
その笑顔が、
なぜか一番、底知れなく見えた。




