疑念は、最も醜い形で牙を剥く
ウィルは、ほとんど駆け足でこちらへ向かってきた。
そして――
ガラテアの前で、迷いなく膝をつく。
「……お願い、します」
震えているのは声ではなく、肩だった。
「僕が……僕が救世主だと言ったのは、彼です」
その言葉に、場の空気が一変する。
「彼の身体を確認するのであれば、
その役目を、僕に与えてください」
顔を伏せたまま、はっきりと言い切った。
「僕には、その権利があるはずです」
ガラテアはすぐには答えなかった。
薄い緑の瞳でウィルを見下ろし、
しばし沈黙する。
「……覚悟はあるのかしら」
低く、冷たい声。
「非人道的だと罵られようと、
わたくしは彼の身体を隅々まで調べ上げるつもりよ」
ウィルは顔を上げた。
その目に、迷いはなかった。
「もちろんです」
即答だった。
ガラテアは小さく息を吐き、
頷く。
「いいでしょう」
そして俺を見る。
「あなたに紋章の確認をさせます。
……ついてきなさい」
こうして、
俺、ガラテア、護衛二人、そしてウィルの四人で
ガラテアの私室へ向かうことになった。
廊下を歩く間、
ウィルに声をかけようとした。
だが――
振り返った彼の目は、
まるで親の仇を見るかのようだった。
(……何だ、あの目)
結局、何も言えないまま、
部屋に到着する。
ガラテアの私室は、
装飾こそ豪奢だが、どこか冷たい空間だった。
そこに侍女が二人加わり、
合計六人。
完全に“調べる側”と“調べられる側”だ。
「庶民の身体を見るなど、
正直、目が腐りそうで嫌ですけれど」
ガラテアはそう言ってから、
淡々と続けた。
「確認のため、仕方ありませんわ。
これも貴族の務めです」
護衛に指示が飛ぶ。
「服を脱げ」
前と同じだ。
上着を外し、
ズボンを脱ぎ、
パンツ一枚になる。
ガラテアの視線が、
露骨に鋭くなる。
俺は黙って、
腕を上げ、身体を委ねた。
(……潔白を証明するだけだ)
護衛二人は、
距離を保ったまま、じっくりと観察する。
やはり視線は、
腰のタトゥーへ集中していた。
「この部分だな……」
「文献の図と照合すると……」
一方で――
ウィルは違った。
距離が、近い。
視線が、粘ついている。
そして、
手が伸びてきた。
「……何か細工をして隠していたら、
どうするんですか?」
強い語気。
護衛が制止する。
「身体に触れる必要はないだろう」
「必要です!」
ウィルは即座に言い返した。
「確認は、徹底的にすべきです!」
その手つきは、
やけに慣れていて――
俺は歯を食いしばった。
(……やめろ)
だが、声には出せない。
護衛二人がタトゥーと紋章の図を見比べ、
ガラテアの元へ歩み寄る。
その一瞬。
ウィルが、
俺の耳元に顔を寄せた。
「……僕のことを売ったな」
低く、抑えた声。
「この償いは、
必ずさせる」
思わず、彼の顔を見る。
そこにあったのは――
気弱な少年の面影ではなかった。
憎悪に歪んだ、
冷たい瞳。
背筋に、ぞくりと冷たいものが走る。
(……何が、そこまで)
考える間もなく、
ガラテアの声が響いた。
「そのタトゥーに、
紋章が重なっている可能性がありますわ」
冷静な判断。
「こちらで詳しく調べます。
これ以上の確認は不要です」
――終わりだ。
そう思った、その瞬間。
「まだだ!」
ウィルが叫んだ。
「確認していない場所がある!」
全員の視線が、
一斉にこちらへ向く。
そして――
ずるり、と。
俺の腰に引っかかっていた布が、
下へ落ちた。
空気が、凍りついた。




