王の理解と、連れ去られる平民
王との謁見までの数日間、
俺は変わらず土木工事の仕事をこなしていた。
朝は現場へ行き、
夜は家に帰って、
しずかと同じベットで眠る。
それが、いつの間にか当たり前になっていた。
「……本当に、よく眠れるんですよね」
ある朝、ゆなが半眼でそう呟いた。
「たけるさん、顔が違いますもん。
絶対、しずかさんと寝てる方が熟睡してます」
「気のせいだろ」
「気のせいじゃありません」
むすっとした顔で断言される。
「……私も一緒に寝ればいいんじゃないですか?」
不穏な提案が飛んできたが、
俺は聞こえなかったことにした。
平和だが、
どこか危うい日常だった。
そして、王との謁見の日。
現場の長にはすでに話を通してある。
「行ってこい。
戻ってきたら、また仕事だぞ」
「了解です」
そう言って、
俺は歩いて王城へ向かった。
貴族街を抜けるたび、
妙な視線を受けるのは、もう慣れた。
(……相変わらず居心地悪いな)
王城に到着し、
衛兵に書状を渡す。
すると今回は、
いつもの応接間ではなく、
王の私室に近い部屋へと通された。
以前教えられた通り、
形式的な挨拶を済ませる。
「楽にしてよい。
椅子に座りなさい」
王――カエサルがそう言う。
俺は一礼し、
言われた通り椅子に腰を下ろした。
「今回は、私的な話だ」
王はそう前置きした。
「多少、肩の力を抜いて話すがいい」
そう言われても、
周囲を囲む護衛の視線が重い。
結局、俺は敬語のまま口を開いた。
「今回のお呼び出しは、どのような御用でしょうか。
必要な事は、すでにお話ししていると思いますが」
正直な疑問だった。
王は小さく息を吐く。
「……はぁ。
大した事ではない」
そう言いながら、
こちらをまっすぐ見る。
「貴殿の事は、ある程度調べがついておる」
来たな、と思った。
「この国では、魔法を発現するのは基本的に貴族だけだ。
だが、貴殿は平民でありながら魔法を使える」
静かな声だが、
内容は重い。
「出生地、家系、来歴。
どれを辿っても、貴殿の素性は不明だ」
想定していた質問だった。
だから、
俺は用意していた言葉を口にする。
「私は、ある島国の出身です」
嘘ではない。
ただ、全てを言っていないだけだ。
「自宅へ帰る途中、
光の柱に包まれ、
気づけばこの街にいました」
――転移した、とは言わない。
「故郷に親族もおらず、
帰る理由もありませんでしたので、
この街で仕事を探し、生活しているだけです」
王は、しばらく黙っていた。
やがて、ゆっくりと頷く。
「事情は分かった」
信じてくれた、
――ように見えた。
「だが、先ほども言った通り、
平民が魔法を使えるという事例は、この国にはない」
王の目が、少しだけ鋭くなる。
「その事実は、
貴殿にとって面倒な障害を生むだろう」
俺は、静かに頷いた。
「承知しております」
イレギュラーは、
いつの世も弾かれる。
それは、分かっている。
「苦労をかけるな」
王は、少し疲れたように笑った。
「だが、そなたが何のためにこの国へ来たのかは分からぬが、
この国の危機に際して、
そなたの力を必要とする事があるやもしれぬ」
そして、はっきりと言う。
「この国で暮らす上で障害があれば、
余が取りなそう」
意外な言葉だった。
「優秀な魔法使いを、
他国へ渡すような愚かな真似はできんからな」
本当に、常識人だ。
俺は深く頭を下げた。
「普通の日常を送れるのであれば、
この国の者として、
必要な際には助力致します」
王は満足そうに頷いた。
「それでよい」
――正直、安心した。
この国の王は、
少なくとも話の通じる人物だ。
生活も守られる。
鼻歌でも歌いたい気分で、
王城を後にしようとした、その時だった。
背後から、
複数の気配。
「――なっ」
口を開く前に、
布を押し当てられる。
同時に、
腕を強く掴まれた。
「失礼する」
低い声。
次の瞬間、
口と身体を拘束され、
視界が暗転する。
(……は?)
理解が追いつかない。
王の部屋を出て、
数歩も歩いていない。
なのに――
俺は、そのまま
どこかへ連れ去られていった。




