雨の日に限って、テンプレは本気を出す
数日ほど、俺は変わらず土木工事の仕事を続けていた。
身体を動かして、金をもらって、宿に帰って寝る。ただそれだけの日々。
――だが、ある日の朝。
窓の外を見て、俺は小さくため息をついた。
雨だった。
現場は雨天中止。
少しは蓄えもできたが、この世界の物価も仕組みもよく分かっていない俺にとって、収入が途切れるのは正直不安だった。
「……まあ、行くか」
俺は仕事を斡旋してくれた、ハローワークみたいな場所へ向かった。
受付には、以前と同じ顔ぶれの職員たちがいた。
清潔感のある男の職員は相変わらず人気で、人が並んでいる。
仕方なく、俺は空いていた、いかにも感じの悪そうな女の職員の前に立った。
「今日はどのような仕事をお探しですか?」
声は事務的で、目も合わない。
仕事だろ、仕事。何その態度。
内心イラつきながらも、俺は事情を説明して仕事の斡旋を頼んだ。
いくつか仕事を提示されたが、今日は一日だけだ。
俺は一番簡単そうな、薬草採取というテンプレそのものの依頼を選んだ。
指定されたのは、街から少し離れた森の一角。
雨のせいで視界は悪く、傘もない俺は、ずぶ濡れになりながら森へ向かう。
その途中だった。
「助けて下さい!」
年若い女の、悲痛な叫び声が聞こえた。
だが、俺は足を止めなかった。
この世界に来て数日。戦闘経験ゼロの日本人に、できることなんてない。
無視して歩き続けようとした、その時。
ばしゃばしゃと、水を蹴散らす音。
振り返ると、小柄な少女がこちらへ駆けてくる。
白銀のセミロングの髪を揺らし、顔立ちは整っていて、どう見ても美少女。
「助けてください! 魔物が!」
必死な表情で縋りつかれるが、俺は困惑するだけだった。
「……いや、俺にどうしろと?」
そう思った瞬間だった。
背後から、重たい地響き。
猪なのか狼なのか分からない、大きな獣がこちらへ突進してくる。
頭が一瞬、真っ白になる。
――その時、不意に、あの女の言葉がよぎった。
『魔法はイメージが大事』
「……雷、でいいか」
半ば投げやりに、俺は手をかざした。
次の瞬間。
空気を裂くような音と共に、雷が走った。
獣は悲鳴を上げ、地面に倒れ込み、そのまま動かなくなる。
「……え?」
俺は自分の手を見つめた。
雷出たら感電するでしょ?
いや、今の、完全に雷だったよな?
驚きを隠せずにいると、少女が目を輝かせて言った。
「魔法を使える方なのですね!
命を助けていただき、ありがとうございます!」
そして、胸に手を当て、堂々と名乗る。
「私はグリシア王国第二王女、アスタナと申します。
よろしければ、お礼をさせていただけないでしょうか?」
……王女?
俺の頭の中に、疑問符がいくつも浮かぶ。
助けてもらったからって、そんな簡単に名乗っていいのか?
俺が悪党だったら、金じゃなくて身体を要求する可能性だってあるだろ。
頭の悪そうな王女だな、という感想が先に出た。
「いや、いいです。仕事あるんで」
俺はそう言って、その場を後にした。
王女の驚いた声が背後から聞こえた気がしたが、振り返らなかった。
薬草を採取し、依頼を終える。
銀貨を受け取り、いつもの宿へ戻る。
顔と身体を拭き、食事をしていると、宿屋の娘が声をかけてきた。
「今日もお仕事ですか?
頑張っていますね。無理はしないでくださいね」
優しい笑顔。
それだけ言って、彼女は仕事に戻っていった。
部屋に戻り、ベッドに横になる。
今日出会った、テンプレのように距離を詰めてくる女二人を思い浮かべ、
それから、さっきの宿屋の娘を思い出す。
「……ヒロインなら、宿屋の娘だよな」
独り言を呟き、俺は静かに目を閉じた。




