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王女の直感と、王の憂慮

王城へ戻ったアスタナは、その足で父である王の執務室へ向かった。


 討伐依頼の魔物が四体も現れたこと。

 そして――ウィルという少年の腰に、文献通りの紋章が浮かび上がったこと。


 一通りの報告を聞き終えた王は、深く息を吐いた。


「……詳しい話は、夕食の席で聞こう。

 今日は長かっただろう。先に湯あみを済ませなさい」


「はい、お父様」


 そう答えたものの、アスタナの胸中は落ち着かなかった。


 湯あみを終え、自室に戻ると、

 侍女のクレアが無言でタオルを差し出す。


 茶色に近い金髪をきっちりとまとめ、

 前髪は目元の上で揃えられている。

 表情は淡々としているが、その視線は常にアスタナを追っていた。


 アスタナは椅子に腰を下ろすなり、(せき)を切ったように話し始める。


「……やっぱりおかしいです!」


 クレアは黙って髪を拭きながら耳を傾ける。


「魔物たちを簡単に倒したのは、どう考えてもたけるさんです。

 あんな魔法、見たことありませんし……」


「ですが、紋章が浮かび上がったのは事実です」


 クレアは淡々と答える。


「……そうなのよね」


 アスタナは唇を噛む。


「でも、逃げていたウィルという少年が救世主だなんて、

 どうしても納得できないの」


 ふと、思い出す。


 たけるがウィルに近づいた時の、不自然な距離。

 こそこそとした会話。

 そして、あの落ち着きすぎた態度。


「絶対、たけるさんが何かしたと思うの」


 クレアは一瞬だけ目を細める。


「でしたら、直接問い詰めてみては?

 ……夜に忍び込む、という手もありますが」


「クレア!」


 アスタナは頬を赤らめる。


「いやらしいことを平然と言わないでください!」


「失礼しました」


 表情一つ変えずに頭を下げるクレア。


「ですが、もうすぐ夕食のお時間です。

 その場で陛下にご相談なさっては?」


「……そうね」


 アスタナは深呼吸し、立ち上がった。


「お父様なら、何か分かるかもしれないもの」


 夕食の席。


 王カエサルは、威厳ある金髪と整えられた髭を揺らしながら、

 黙々と食事を進めていた。


 その向かいで、アスタナは珍しく饒舌だった。


「――ですから!

 どう考えてもおかしいと思いませんか?」


 たけるという男の不可解さ。

 魔法の異常性。

 そして、ウィルという少年への違和感。


 一通り聞き終えたカエサルは、ナイフを置き、静かに言った。


「不満があるなら、明日改めて検証すればよい。

 今日はその話はここまでだ」


「でも――」


「アスタナ」


 低く、しかし優しい声。


「今は、お前が最近何をしているのかを聞かせてくれ」


 アスタナは一瞬きょとんとし、

 それからぱっと表情を明るくした。


「そうですね!

 最近は、たけるさんの動向を調べています!」


「……調べている?」


「はい! 情報提供者もいますので、かなり詳しく分かりますよ?」


 少し前の、おどおどした娘の姿はそこにはなかった。


「平民街の外れに家を借りたそうですし、

 女性が出入りしているという話も――」


「……アスタナ」


 カエサルはこめかみを押さえた。


「それ以上は聞かなくていい」


 元気になった娘を見るのは、正直嬉しい。

 だが、その行動力の向かう先が問題だった。


(たける、という男か……)


 魔物討伐に同行し、

 危険な場に自ら足を運び、

 非常識なほど一人の平民に執着する。


 もし、あの場で命を落としていたら?


 考えるだけで、背筋が冷える。


 それでも――

 こんなに生き生きと話す娘を、

 頭ごなしに止めることもできない。


「……一度、その男と話をしてみる必要があるかもしれんな」


 カエサルは、そう心の中で結論づけた。


 王として。

 そして、父として。


 娘の“直感”が、

 国を揺るがすものなのか――

 あるいは、ただの恋に似た執着なのか。


 それを見極める時が、

 近づいている気がしていた。

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