触れられる理由、繋ぎとめる理由
王女との疲れる再会から数日が経ち、
今日は久しぶりの休日だった。
ゆなは相変わらず仕事があるらしく、
「いってきますね」
と元気よく家を出ていった。
「いってらっしゃい」
手を振って見送ったあと、
さて今日はどうするかな、と一人で考える。
しずかはというと、
俺が家にいる間は見えるし、物にも触れられるが、
それでもできることは限られている。
俺がいない時間、
物に触れず、誰にも見えず、
ただ家の中を歩き回るか、座って外を眺めるだけ。
……正直、聞いているだけでつまらなそうだ。
今もしずかは、
窓際の椅子に座り、ぼんやりと外を眺めていた。
長い黒髪が背中に流れ、
華奢な身体に少しだけ主張する胸元。
赤い瞳は感情をあまり映さず、
薄幸美人、という言葉がやけにしっくりくる。
これまで、
深い話を聞くのはどうなんだろう、と思っていた。
だが、しずかは案外、
聞けば淡々と答えてくれるタイプだ。
俺は少し間を置いてから、
できるだけ何でもない風を装って口を開いた。
「そういえばさ」
しずかが、ゆっくりこちらを見る。
「……殺された理由とか、そういう話って、聞いてもいい?」
一瞬、空気が止まった気がしたが、
しずかは特に表情を変えず、静かに頷いた。
「いいよ」
そして、淡々と話し始めた。
生い立ちや出身については、ほとんど語らなかった。
ただ――
この家を建てた貴族に、目をつけられたこと。
気づけばこの家に連れてこられ、
外出はできないが、食事は出され、
トイレにも行ける。
「監禁というより、軟禁だった」
そう表現する。
「理由は?」
俺が聞くと、
「見た目が気に入ったから」
それだけだった。
あまりに普通で、
あまりに救いがない理由。
「貴族なんだろ? 金もあるし、嫌なら別の女を探せばいいのに」
そう言うと、
しずかは少しだけ視線を伏せた。
「……そういう人じゃなかった」
「“お前は俺の女だ”って」
「“俺以外の男を好きになる理由はない”って」
「“所有物になれば、何も不自由はさせない”って」
淡々と語られる言葉が、
逆に胸に刺さる。
(……うわぁ)
中二病というか、
自己陶酔というか、
とにかく気持ち悪い。
「断り続けてたら、怒った」
しずかは、事実だけを並べる。
「突き飛ばされて……頭を打った」
「それで、終わり」
あまりにあっさりした死だった。
胸が痛む――
というより、
何か、別の痛みがじわっと湧いてきた。
(……俺も、大概だったよな)
女性に振られ続けた過去。
今思い返せば、
あの頃の俺も相当痛かった。
気持ちの悪い言動、
一方的な好意、
勝手な理想。
そりゃ、毒みたいな言葉を投げられても仕方ない。
(成長って、残酷だな)
過去の自分を思い返して、
頭が少し痛くなった。
でも――
それはもう終わったことだ。
俺は意識的に、その思考を切り離した。
「……ありがとう、話してくれて」
しずかは、軽く頷くだけ。
その後、
ふと思いついたことがあった。
「ちょっと出てくる」
そう言って立ち上がると、
「どこに?」
「すぐ戻る」
街へ向かい、
高いものは買えないから、
安っぽくならない、
でも女性が身につけても自然なネックレスを一つ選んだ。
小さな青い水晶がついた、
シンプルなもの。
家に戻り、
しずかの前に立つ。
「これ、つけてみてほしい」
しずかは一瞬だけ首を傾げたが、
拒否はしなかった。
俺はそっと近づき、
ネックレスを首にかける。
――触れる。
やはり、俺は触れられる。
青い水晶は、
しずかの白い首元に綺麗に収まった。
しずかは、水晶を指先でつまみ、
じっと見つめている。
「……どう?」
そう聞くと、
「……きれい」
小さく、そう答えた。
気に入ったのかどうかは、正直わからない。
でも――
(俺が渡したものを身につけてたら、消えないんじゃないか)
そんな、根拠のない考えがあった。
検証できるのは、
ゆなが帰ってきてからだ。
俺は何も言わず、
しずかと一緒に、
ゆなの帰りを待つことにした。
――静かな午後だった。




