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見慣れない朝と、見えなくなる時間

仕事があるので、少し早めに目が覚めた。


 身支度を整えてキッチンへ向かうと、

 スープなのか、煮込みなのか――温かい匂いが漂ってくる。


(ゆなが朝ご飯を作ってくれてるのかな)


 そう思って足を進めると、そこにいたのは――


 しずかだった。


 ロングの黒髪を背中に流し、華奢な身体で鍋をかき混ぜている。

 薄手の服越しに分かる控えめに主張する胸元と、

 赤い瞳は感情を映さず、ただ静かに調理に集中していた。


 相変わらず、薄幸美人という言葉がよく似合う。


「おはよう」


 声をかけると、しずかは一瞬だけこちらを見て、


「……おはよう」


 小さく返し、また何事もなかったように調理を続ける。


「料理、できたんだ」


 思ったまま口に出すと、

 しずかはこくりと頷き、また鍋に向き直った。


 その時。


「……おはようございます……」


 眠そうな声が背後から聞こえる。


 ゆなだ。


「おはよう」


 そう返しながら、ゆなはキッチンに入ってきて――

 一瞬、しずかを見て素通りしかけた。


 だが。


「……え?」


 足が止まる。


 もう一度、ゆっくり振り返る。


「……えっ?」


 二度見。


 三度見。


「えええっ!?」


 今度は声が出た。


「し、しずかさん……?

 料理……してます……?」


 驚くのも無理はない。

 幽霊が普通に朝ご飯を作っている光景など、聞いたことがない。


 俺も内心では少し驚いていたが、

 ゆなの反応を見て、逆に冷静になってしまった。


「……してるな」


「してますよね!?

 鍋、持ってますよね!?」


「持ってるな」


「えっ……えっ……」


 ゆなは完全に混乱していた。


 聞きたいことは山ほどあるが、

 仕事の時間も迫っている。


「とりあえず、食べよ」


 そう言うと、ゆなはまだ納得していない顔のまま席に着いた。


 三人で朝ご飯を食べる。


「……美味しいです」


 ゆなが、恐る恐る言う。


「……よかった」


 しずかはそれだけ答えた。


 ゆなの仕事はまだ先だが、俺は先に出る時間だ。


「じゃあ、行ってくる」


「いってらっしゃい」


「……いってらっしゃい」


 二人に見送られ、家を出た。


 現場では、コウヘイに家を借りた話をした。


「へえ、いいじゃん。

 今度遊びに行っていい?」


「……そのうち、な」


 幽霊が同居している、とはさすがに言えない。

 事情もまだ分からないし、今は呼べない。


 仕事を終え、家に帰る。


「ただいま」


 返事はない。


 リビングを見ると、しずかが椅子に座って、ぼーっとしていた。

 赤い瞳が、ゆっくりこちらを向く。


「……おかえり」


 今日は少し早上がりだ。

 風呂に入るには、まだ早い。


「今日は、何してたの?」


「……何もしてない」


 しずかは淡々と答える。


「たけるが家を出たら、

 ゆなは、私のことが見えなくなったみたい」


「……それで?」


「私も、物に触れなくなった。

 だから、座ってた」


「……今は?」


 聞くと、しずかはテーブルの上のコップに手を伸ばした。


 ――普通に、取れた。


「今は、触れる」


 意味が分からない。


 俺が家を出ると、

 ゆなからは見えなくなり、物にも触れなくなる。


 俺がいると、見えて、触れる。


(……原理は謎だけど)


 昨日聞いた話だと、

 他人から見えることもあったが、すぐ見えなくなっていたらしい。


 それが“普通”だったのだろう。


 俺がいることで状態が変わる理由は分からないが、

 そういうものだ、と受け入れるしかない。


 ふと、気になったことを聞いてみる。


「前に人が住んでた時、

 基本見えてなかったんだよな?」


「物にも触れないって言ってたし……

 普段、何してたの?」


「……歩いてた」


「歩いて?」


「家の中を。

 ドアも、テーブルも、すり抜ける」


「……寝転がったりも、してた」


 想像すると、なかなかシュールだ。


「でも、たまに……触れる時があった」


「椅子にぶつかって、倒したり」


「……驚いてた」


「なるほどな……」


 海外でよく聞くポルターガイスト。

 あれって、こういうことなのかもしれない。


(この家、二人以上で住んでも

 そうそうに出て行く理由――たぶん、それだな)


 そんな話をしているうちに、思った以上に時間が経っていた。


「そろそろ、風呂沸かすか」


 風呂を準備し、夕食の支度に取りかかる。


「今日は、何作ろうかな……」


 考えていると、横に気配。


 しずかが、そっと立っていた。


「……一緒に、作る?」


「ああ、助かる」


 二人で並んで料理をする。


 言葉は少ないが、不思議とやりづらくはない。


 こうして俺は、

 幽霊と一緒に夕食を作りながら、

 もう一人の同居人の帰りを待っていた。


 ――奇妙で、静かで、

 それでも確かに“生活”だった。

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