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理由は分からないけど、ここにいる

「……絶対におかしいです!」


 ゆなは椅子から立ち上がり、俺のすぐ横に来て声を張り上げた。


「なんで、そんな簡単に受け入れているんですか!

 幽霊、ですよ!?普通は混乱します!」


 正論だ。

 あまりにも正論すぎて、返す言葉が見つからない。


(――まあ、そうだよな)


 だが、俺の中では、どこか腑に落ちてしまっている。


(異世界に飛ばされた理由も分からないまま、

 魔法があって、変な女に絡まれて、王様に会って……

 短い期間で、ありえないことが起きすぎた)


(現実味が、もうとっくに薄れてる)


 この世界を受け入れると決めてから、

 何が起きても「まあ、そういうもんか」と思えるようになった。


(女に振られ続けて、

 男でいいやって思ったあの時から、

 俺は深く考えるのをやめたんだ)


(考えない方が楽で、

 その方が俺の性格には合ってる)


 ゆなを見て、俺は軽く手で制した。


「まあまあ。とりあえず座ろう」


「……納得はしてませんからね」


 そう言いながらも、ゆなは渋々席に戻る。


 俺は、隣に座る女――幽霊らしき存在へ、もう一度声をかけた。


「なあ、名前はある?」


 少し間を置いて続ける。


「触れるみたいだけど……幽霊なの?

 話せるなら、話してほしい」


 正直、返事は期待していなかった。


 だが。


「……しずか」


 小さく、淡々とした声が落ちた。


 ゆなと俺は、同時に息を止める。


「名前は、しずか」


 女――しずかは、感情の起伏をほとんど見せずに話し始めた。


 ロングの黒髪が背中に静かに流れ、

 華奢な身体つきに、少しだけ豊かな胸元。

 赤い瞳はどこか遠くを見つめていて、

 表情は薄いが、整った綺麗な顔立ちをしている。


 薄幸(はっこう)美人、という言葉が自然と浮かぶ女性だった。


「……この家を建てた貴族に、殺された」


 あまりにも淡々とした口調で、重い事実が語られる。


「最初は、恨んでた」


 家に来る男の前に姿を現し、

 悲鳴を上げて逃げていく様子を見るのが、楽しかったらしい。


「……でも、男女で住む人には、何もしなかった」


「女に、特別な恨みはなかったから」


 そのうち、驚かせることにも飽きた。


「……普通に、話したいと思った」


 だが、問題があった。


「姿は、出せる。でも……すぐ、見えなくなる」


「見えなくなると、会話できない」


 どうしたらいいか、分からなかった。


 そんな時に、俺と出会った。


「……驚かなかった」


 しずかは、わずかに視線をこちらへ向ける。


「それに……お風呂」


 その一言で、ゆなが思わず顔を赤らめる。


「嬉しくて……あんな、状態になった」


 どうせすぐ見えなくなると思っていた。

 だから、風呂に入っていた。


「……でも、声をかけられた」


 俺と、ゆなに。


「まだ……見えてる、って思った」


 それで、そのまま今に至るらしい。


 話を聞き終え、俺は一つ頷いた。


「なるほど」


 そして、あっさり言う。


「まあ、話せるなら俺は気にしないよ」


「部屋もあるし、三人で暮らせばいいでしょ」


「えっ……」


 ゆなが戸惑った声を出す。


「そんな簡単に決めちゃうんですか……?」


「簡単だろ」


 俺は肩をすくめた。


「害なさそうだし、

 家、広いし」


 少しの沈黙。


 ゆなはしずかを見つめ、

 赤い瞳と、碧い瞳が静かに交わる。


「……私も」


 ゆなは、少しためらってから言った。


「大丈夫だと思います」


 暗い話は、正直好きじゃない。


「ところでさ」


 俺は空気を変えるように聞いた。


「ご飯、食べられる?」


「……わからない」


 じゃあ、と。


 しずかの前にも食事を置いてみる。


 普通に、食べた。


「……食べられるんだ」


 こうして、三人での夕食が始まった。


 特別な会話はない。

 だが、不思議と空気は悪くなかった。


「明日も仕事だし、そろそろ寝ようか」


 そう言って、それぞれの部屋へ向かう。


(……異世界に来た理由は、分からないままだ)


(でも、今は――

 ここにいる理由なら、分かる気がする)


 こうして俺の家には、

 宿屋の娘と、幽霊が同居するという、

 意味の分からない生活が始まった。


 それでも。


 なぜか、悪くないと思えていた。

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