空を飛べるようになったら、なぜか姫に誘拐されました
朝、目が覚めると視界の端に妙な光景が映った。
しずかとエンデが、やたらとくっついて寝ている。
……いや、普通なら微笑ましい光景かもしれない。
だが今日は違う。
普通に暑い。
「……暑い」
ぼそっと呟き、俺は二人をぺいっと引きはがした。
「ん……」
「にゃ」
しずかとエンデが少し不満そうな声を出したが、無視する。
暑さの前では可愛さも容赦なく処理されるのだ。
体を起こし、周囲を見渡す。
ゼファーの家の客室。
昨日泊めてもらった部屋だ。
自分の家じゃない場所で迎える朝というのも、たまには新鮮だなと思いながら、俺はダイニングへ向かった。
すると――
「おはー」
先に起きていたリリイが、椅子にだらっと座りながら手を振った。
金髪のサイドテールが肩の横で揺れる。
左右で色の違う瞳――青と茶色のオッドアイが、朝の光に反射していた。
完全に見た目はギャルだ。
……メイド服を着ていなければ絶対にメイドとは思えない。
「おはよう。早いね」
「まあねー。主人より先に起きるの普通だし」
リリイは肩をすくめる。
「早めに準備して待ってるのがメイドだからねー」
軽い口調でそう言った。
だが言葉とは裏腹に、動きはやけに手慣れている。
すでにお茶まで用意されていた。
「どうぞー」
「ありがとう」
お茶を受け取りながら、俺は少し感心していた。
……この人、普通に仕事できるな。
しばらく雑談をしていると、他の面々も起きてきた。
ゼファーは寝癖のついた長い緑髪を揺らしながら現れ、
しずかは相変わらず無表情、
エンデは猫の姿で俺の足元に座っている。
朝食を済ませたあと、俺は言った。
「一度馬車で帰ろうかと思うんだけど」
するとゼファーが首を横に振る。
「いや、契約は早めに終わらせたい」
金色の瞳がまっすぐ俺を見る。
「城へ行くのだろう? ならば彼女を使って戻ろう」
彼女――つまりあの巨大カラス、あしんだ。
俺は少し考えたあと、頷いた。
確かに移動は圧倒的に楽だ。
「じゃあ、それで行こう」
こうして俺たちは再び空へと飛び立った。
結界に包まれた荷台は風を切り、街へ向かう。
……本当に楽だ。
馬車で半日かかる距離が、あっという間に縮む。
しばらくして俺たちは街へ戻ってきた。
「じゃあ王様に報告してくる」
そう言うと、リリイがすぐに手を振った。
「えー、私パス」
「は?」
「城とかめんどいし。ここで待ってる」
さらっと言う。
……まあ契約の話なら俺とゼファーがいれば十分か。
「わかった」
こうして俺とゼファーは王城へ向かった。
その頃――
俺たちの家。
リリイ、しずか、エンデの三人は待機していた。
「へぇー」
リリイが家の中を見回す。
「ここがたけるの家なんだ」
少し口を尖らせる。
「うちより全然いいじゃん」
それもそのはずだ。
この家は子爵が建てたもの。
広さも設備も、ゼファーの家よりずっと整っている。
リリイはソファに座り、しずかを見る。
「そういえばさ」
軽い声で聞いた。
「しずかって、たけるの何なの?」
しずかは少し考えてから答える。
「……同居人?」
その言葉に、リリイはにやりと笑った。
「ふーん」
少し身を乗り出す。
「なんかさ、私がたけるにアピールしてるのに彼女ヅラしてるから彼女かと思ってた」
そして言った。
「ただの他人なんだね」
しずかの表情は変わらない。
だが、わずかに眉が動いた。
「彼女ではない」
静かに答える。
「でも、たけるとは特別な関係」
宣言するような声だった。
だがリリイは肩をすくめる。
「でもさー」
軽い声で続ける。
「一緒に住んでるだけで彼女でもなんでもないんだよね?」
にやりと笑う。
「ならさ、人の恋路を邪魔する資格なくない?」
その言葉に、しずかは黙った。
リリイは楽しそうに続ける。
「ダメだよー」
「関係ないのに人の恋路邪魔するの」
そして指を立てる。
「たける、かなり優良物件だし」
にやり。
「これからアピっていくから、邪魔しないでね?」
強気な笑顔。
しずかは何も言わなかった。
その頃。
王城では――
俺とゼファーが王と謁見していた。
ゼファーが一歩前へ出る。
背筋を伸ばし、貴族の礼をとった。
「カルマイン男爵家長兄。ゼファーと申します」
穏やかな声で言う。
「この度はお会いできて光栄であります」
……昨日の変態と同一人物とは思えない。
さすが貴族。
カエサル王はうむと頷き、俺を見る。
「急な訪問だ」
低い声が響く。
「何かすぐ知らせるべき事情があるのだろう?」
俺は頷いた。
「はい」
そして説明する。
「ゼファーのおかげで、馬車とは違う短時間の移動手段を得ました」
王の目が細くなる。
「ほう」
少し考え、言う。
「その移動手段があるならば、国を離れることも可能だな」
そしてゼファーを見る。
「ゼファーよ」
「この国の為に協力してもらえるな?」
ゼファーは穏やかに微笑んだ。
「もちろんでございます」
だが続ける。
「ですが彼女を動かすなら、私の協力は不可欠」
そして言った。
「移動に関する契約を結んでいただきたい」
カエサルはすぐ頷いた。
「当然だ」
「契約を結ぼう」
こうして補佐官を交え、契約の話が進んでいった。
――だが。
俺、完全に放置されている。
(俺いる?)
近くにいた顔見知りの護衛に小声で聞く。
「俺どうすればいいです?」
護衛は笑った。
「帰ってもいいぞ」
「マジですか」
俺はすぐ部屋を出た。
護衛に案内され、長い廊下を歩く。
すると――
突然。
背後から腕が回された。
「え?」
羽交い締め。
同時に、白い靄が視界を覆う。
(……またか)
意識が遠のいていく。
そして――
靄が晴れた。
ぼんやりと視界が戻る。
俺は天井を見ていた。
知らない天井だ。
「……あー」
前にも似たようなことあったな。
ぼんやり思っていると――
突然、顔が割り込んできた。
「たけるさん!!」
アスタナだった。
白銀の髪が揺れ、瞳が血走っている。
そして叫んだ。
「私!結婚させられそうなんです!」
俺は瞬きをする。
アスタナはさらに顔を近づけた。
「もう……!」
必死の表情で言う。
「既成事実を作るしかありません!!」
――目が完全に本気だった。




