魔族の対話と、空を支配する黒翼
巨大な黒翼の前で、エンデは静かに立ち止まった。
猫の姿のまま。
だが、その紫の瞳は、明らかに“別の何か”を宿している。
言葉は発せられない。
だが――
空気が、わずかに震えた。
それは声ではない。
思念。脳波。存在そのものをぶつけるような対話。
エンデ
『おぬしは何をしているのだ? 人に準ずる存在ではなかろう』
黒翼の奥に宿る意識が返る。
カラス
『私は生まれてすぐ親と離れた。魔物に喰われかけたその時、光の扉が現れた。この世界へ落ち、満身創痍の私を救ったのが、あの人間だ』
視線が、ゼファーへ向く。
『私は恩を返すためにここにいる』
エンデは鼻で笑うように尾を揺らした。
『そうか。では私がおぬしに指示を出す。従えるか? 私もまた、今は人間と共にある。主のため、力を貸せ』
カラスの瞳が細まる。
『我が主に害をなすなら――殺す』
その瞬間、空気が張り詰めた。
エンデは嗤う。
『はっ。浅慮だな。おぬしごときが叶う相手ではない』
そして、黒翼はゆっくりと、たけるへ視線を向けた。
一方その頃。
「……何してるんだ?」
俺はそわそわしていた。
「喧嘩とかしないよな?」
「……」
しずかも静かに見守っている。
その横で、リリイがぽつり。
「なんか和解したっぽい」
「は?」
意味が分からない。
だが、エンデがこちらへ歩いてくる。
俺の前で止まり、しっぽをぱたんと揺らす。
……着いてこい?
そんな気がした。
俺は荷台へ向かう。
エンデがぴょんと前の席に飛び乗る。
「ここに座れってことか?」
言葉はない。
だが、そうだと分かる。
俺が座ると、エンデが膝へ乗り、前を向いた。
次の瞬間。
黒翼がゆっくりと羽ばたく。
ふわり。
先ほどのような暴風ではない。
滑るように、空へ。
「……っ!」
Gがない。
押し付けられる感覚もない。
ただ、ぐいーん、と空を進む。
飛行機とは違う。
本当に“自分が飛んでいる”感覚。
「すげぇ……!」
エンデがしっぽで俺の腕をはたく。
あ、指示か。
「エンデ、あっちに飛んでくれるか?」
視線を送る。
黒翼が、すっと進路を変える。
「じゃあ今度はあっち」
また変わる。
完璧だ。
これはいける。
一通り試し、俺は地上へ降りるよう頼む。
ゆっくり。
安全に。
静かに着地。
成功だ。
地上に降りた俺は思わずカラスの首元を撫でた。
「ありがとう。またよろしくな」
黒翼は警戒せず、目を伏せる。
案外おとなしい。
猫もカラスも、変わらないのかもしれない。
その時。
肩に手が置かれた。
「初対面でそれは、少しなれなれしいのではないかな?」
爽やかな笑顔のゼファー。
(お前が言う!?)
口を開きかけた瞬間。
「いや、あんたが言えることじゃないっしょ」
リリイが即座に突っ込む。
ゼファーは気にせず、また黒翼へ愛を語り始めた。
俺はしずかへ小声で。
「よく分からんが、エンデがいれば移動可能っぽいな」
「……うん」
「でもこのカラス、この人のだよな。金払えば貸してもらえるかな?」
しずかが静かに首を振る。
「……たける。あの人は家族のように思っている。貸す、という言葉は怒られる」
その通りだ。
あの語りは本気だ。
金でどうこうする話じゃない。
どうするかと考えていると。
「大丈夫だと思うよー」
リリイが軽く言う。
「おーい」
ゼファーの頭をぱしんと叩く。
「いたっ」
何やら小声でやり取り。
しばらくして、ゼファーがこちらへ戻る。
少しだけ真面目な顔で。
「心苦しいが……その事情なら請け負おう」
「本当か!?」
「ただし」
後ろからリリイがにやりと笑う。
「これで私の給金もちゃんと払えるねー」
「リリイ!」
「事実じゃん」
ゼファーは咳払いをする。
「正式な協力という形であれば、彼女も納得するだろう」
黒翼が、こちらを見た。
エンデが尾を揺らす。
これで――空は手に入った。




