鳥狂いの演説と、冷蔵庫サイズのカラス
俺はまだ唇の感触を忘れきれずに固まっていた。
しずかは、静かに、しかし確実に圧を放っている。
そんな空気など一切気にせず、ゼファーは微笑んだ。
「とりあえず、話を聞こう」
流すなよ。
と思ったが、これでも一応貴族らしい。
「……はい」
俺たちはソファに腰を下ろした。
ゼファーは優雅に向かいに座る。
長い緑の髪が背中を流れ、金色の瞳が柔らかく細められている。整った顔立ちに細身の体躯。黙っていれば完全に絵になる男だ。
黙っていれば、だが。
俺は今回の目的を説明した。
「俺たちの魔法で移動手段を作ろうとしてます。そのために、意思疎通が取れる空を飛べる生き物が必要で……王様から、あなたを紹介されました」
ゼファーは満足げに頷いた。
「その判断は正しいね。彼女たちは美しく、賢い」
彼は立ち上がる。
籠の中の鳥たちを指し示しながら、語り始めた。
「まずこの子は――羽の光沢を見てごらん。光の屈折がだね――」
熱量が、上がる。
どんどん、上がる。
なぜか上着を脱ぎ始める。
「羽ばたきというのはね、芸術なんだよ!」
「いや服脱ぐなし。きも」
横からリリイの冷静なツッコミが入る。
リリイは、金髪サイドテールを揺らしながらソファに座っていた。青と茶色のオッドアイがこちらをちらりと見る。メイド服なのにどこか着崩した印象。だが仕草は無駄がなく、自然体だ。
「これいつもだから。話終わるまで無視でいいよー」
そう言って、もうお茶を飲んでいる。
早い。
異常に早い。
部屋を出て数分も経っていない。
俺は小声で尋ねた。
「……ここ、二人だけ?」
リリイはあっさり答えた。
「うん。この人の鳥狂いと男好きで親が呆れてね。『好きにしろ』ってここに放り込まれた感じ」
「……」
「でも貴族だし世話係は必要じゃん? で、衝突起こすけど仕事はできるあたしが、お守りとして派遣されたってわけ」
なるほど。
納得した。
今飲んでいる茶も完璧だ。香りも温度も丁度いい。
ギャル、やっぱり万能。
俺たちは黙ってゼファーの演説が終わるのを待った。
やがて満足したのか、ゼファーは席に戻る。
「さて。君たちが求める鳥だが……」
彼は窓辺を指した。
そこにいたのは、あの大きな黒い影。
冷蔵庫ほどの大きさのカラス。
艶やかな黒羽。鋭い瞳。籠に収まっているが、存在感が異様だ。
「彼女が適任だろう」
「……大丈夫なんですか?」
俺は正直に聞いた。
「意思疎通とか」
ゼファーは優雅に笑う。
「心配はいらない。僕と彼女は繋がっている」
だが当のカラスは、そっぽを向いている。
大丈夫か?
「やってみれば分かるさ」
そう言われ、俺たちは中庭へ出た。
俺は風の荷台を作る。
人が座れる形。椅子付き。数人乗れるサイズ。
しずかに視線を送る。
すぐに、緑の結界が重なる。
たける「この中に乗って、空を移動する想定です」
ゼファー「もちろん可能だよ」
自信満々で乗り込む。
カラスは輪の部分を首にかけられ、静かに立っている。
ゼファーが叫ぶ。
「さあ! 僕たちの空の旅を始めよう!」
次の瞬間。
バサァッ!!
強烈な羽ばたき。
荷台ごと空へ。
速い。
かなり速い。
「おおおお! 素晴らしい!」
ゼファーは楽しそうだ。
だが――
上へ。
下へ。
左右へ。
完全に自由飛行。
指示を聞く気配ゼロ。
「これ、戻ってくるのか……?」
不安になった瞬間。
こちらへ急降下。
ドォン!!
荷台が地面に激突し、砂煙が舞う。
「大丈夫か!?」
駆け寄る。
だがゼファーは目を輝かせていた。
「僕は……飛んだ! 同じ目線で! 奇跡だ!」
「いや感想そこじゃないだろ!」
また一人の世界へ入っていく。
俺はため息をついた。
その時。
エンデが、静かに歩き出す。
猫の姿のまま、ゆっくりと。
巨大なカラスの前で止まった。
黒と紫の瞳が交わる。
空気が変わる。
リリイがぽつりと呟く。
「……あれ、ちょっとやばくない?」
ゼファーもようやく口を閉じた。
カラスが、低く鳴く。
エンデの尾が、ゆっくり揺れた。
次の瞬間。
誰にも聞こえない何かが、確かに交わった。




