風呂場の同居人と、説明できない日常
風呂に浸かりながら、俺と女は視線を合わせたまま、何も話さない。
……これ、幽霊ってやつだよな?
幽霊って、風呂入れるのか?
普通、透けてて触れられないんじゃないのか?
そんなことを考えながら、俺は間の抜けた疑問を口にした。
「……触っていい?」
返事はない。
だが、拒否された感じもしない。
俺はそっと、女の肩あたりに手を伸ばした。
――触れた。
「……普通に触れるんだ」
ひんやりしているわけでもなく、生きている人間と変わらない感触だ。
男の身体しか知らなかったせいか、女の肌は柔らかいな、なんてどうでもいい感想が浮かぶ。
軽く撫でて、すぐに手を引っ込めた。
「……これは、なんの時間だ?」
自分でも意味が分からない。
そのうち、のぼせてきたので、女をそのままにして風呂を出た。
特に害があるようにも見えない。
俺は家の片づけをし、値引きしてもらった分で残った報奨金を使い、今日と明日の食材を買いに街へ出た。
日が落ち始めた頃、夕食の支度をしていると、玄関の音がする。
「ただいま帰りましたー」
「おかえり」
ゆなが帰ってきた。
「えっ!?
夕食作ってくれたんですか?」
「まあ、暇だったしな」
感激されながら、食事の準備を進める。
「そういえば、ここお風呂使えるんだよ」
「えっ!?本当ですか!?」
目を輝かせるゆなを見て、ふと思い出す。
「……あ、そうだ」
「実は、風呂に女の人がいる」
一瞬、時が止まった。
「……はい?」
「女の人。
たぶん、幽霊」
「えっ!?えっ!?えええ!?」
思いきり怯えた声を上げるゆなを連れて、二人で風呂場へ向かう。
――いた。
女は、まだ湯に浸かっていた。
「……まだいるんだ」
ゆなは一歩、二歩と後ずさる。
「い、います……本当に……」
正直、もう驚きは薄れていた。
「ゆなが風呂入れないのは困るな」
俺は女に向かって言った。
「この子が入るから、一回出てくれる?」
女は、何も言わずに風呂から上がる。
ずぶ濡れのまま、放置されていた薄手の白い服を着始めた。
そして、そのまま部屋の方へ行こうとする。
「ちょっと待って」
俺は慌てて止めた。
「そのまま行くと床びしょびしょになる」
ゆなに振り向く。
「何か、余ってる服ない?」
「あ、あります!」
持ってきてくれた少し大きめの服を渡すと、
女は素直に着替え、今度こそ部屋の方へ向かった。
その背中を見送り、ゆなが一気に詰め寄ってくる。
「どういうことですか!?
誰なんですか!?
意味が分かりません!」
「俺も分からない」
正直な答えだ。
風呂での一部始終を話し、結論を出す。
「……とりあえず、風呂入ろっか」
風呂を温め直し、ゆなには先に入ってもらった。
しばらくして。
ゆなが、ほわっとした表情で戻ってくる。
「……すごく、気持ちよかったです」
「だろ」
夕食の準備を終え、食卓につく。
テーブルには椅子が四つ。
元から備え付けられていたものだ。
俺の向かいにゆな。
そして――俺の隣に、無言の女が座っている。
「お風呂って、こんなに気持ちいいんですね!」
「そうだろ」
そんな会話をしていると、ゆながはっとした顔になる。
「……いやいや!
その女性は誰なんですか!?」
「こんな、ふんわりした雰囲気で食事する流れじゃないですよ!」
あまりにも真っ当なツッコミに、俺は思わずくすっと笑った。
「だよな」
説明できることは、何一つなかった。
だが――
この家での生活は、もう動き始めていた。




