ギャルメイドと鳥狂い貴族、そして俺の唇が奪われた件
家に戻り、明日半日ほど離れた貴族の屋敷へ行くことをゆなに伝えた。
「えっ、またお泊りですか!? 私も行きたいです!」
珍しく前のめりだ。
「泊まりになるかもしれない。明後日、仕事だろ?」
「……あ」
目に見えて肩が落ちる。
「うぅ……行きたかったです」
「今回は検証もあるしな。次があればな」
「約束ですよ?」
少し拗ねた顔でそう言われ、軽く頷いた。
翌朝。
準備を終えた頃、控えめなノック音が響く。
扉を開けると、白髪混じりの五十代ほどの男性が立っていた。背筋は伸び、柔らかな笑みを浮かべている。
その後ろには質素な馬車。
豪奢さはなく、平民が使うような簡素な造りだ。
「本日はお迎えに上がりました。事情は詳しく聞いておりませんが、送り迎えの代金は頂いておりますのでご安心を」
王が気を利かせてくれたのだろう。目立たないようにという配慮だ。
俺としずかだけで行く予定だったが、エンデがどうしても離れようとしない。
「……行く」
と言わんばかりに足元にぴたりと寄り添う。
「分かったよ」
結局、俺、しずか、エンデの三人で出発することになった。
ゆなに見送られ、馬車はゆっくりと進み出す。
そして俺は早々に後悔した。
平民用の馬車、揺れが激しい。
「……腰にくるな」
「たける、弱い」
「いやこれは普通にキツいだろ」
王族の馬車の快適さを思い知る。
半日揺られ、ようやく目的地へ到着した。
周囲には何もない。少し小ぶりな貴族用の家と、柵で囲われた広い庭。
御者に戻る時間は後で伝えると告げ、俺たちは扉を叩いた。
コンコン。
返事はない。
もう一度。
カチャリと扉が開く。
そこに立っていたのは――完全にギャルだった。
金髪のサイドテールが揺れ、片方は鮮やかな青、もう片方は深い茶色のオッドアイ。化粧も薄く施され、メイド服を着ているが着こなしはどこかラフだ。
「あー、客?」
けだるそうな声。
「はい。王様から紹介状を」
「見せて」
封をびりっと破る。
「あーね。とりあえず上がって?」
軽い。軽すぎる。
(ギャルじゃん……)
この世界にもいるのか。
しずかは言葉遣いに少し戸惑っている様子だ。
「……ずいぶん砕けている」
「まあまあ」
俺はなぜか少し浮かれていた。元の世界でもギャルは話しやすかった。気取らなくていい。
リリイと名乗るその女性は、ノックもせずに部屋を開けた。
「あ、いたいた。王様からの人来たよー」
部屋の中。
窓辺で大きな黒い鳥を撫でている男がいた。
緑の長髪が尻の辺りまで細く流れ、金色の瞳が光を受けて輝いている。身長は高く、細身だがどこか優雅だ。
「何度も言っているけどね。僕は君の主だよ?」
穏やかな声。
「はいはい。手紙読んで。あとよろしくー。お茶いれるわ」
リリイはひらひらと手を振って出ていく。
ゼファーは小さくため息をつき、紹介状を読む。
そして、ゆっくりと顔を上げた。
「ようこそ、僕の家へ」
金色の瞳が細まる。
「可愛い小鳥が訪れてくれたようだね」
(あ、キザなタイプだ)
俺はしずかを庇うように一歩前へ出る。
だが。
ゼファーの視線はしずかではなく、俺に向いていた。
「……君だ」
「は?」
次の瞬間、ぐいっと手を引かれ、
――唇に柔らかな感触が触れた。
一瞬。
本当に一瞬。
ゼファーは離れ、満足そうに微笑む。
「美しい顔には敬意を払うものさ」
「な、何してんだお前!?」
後ろから冷たい声。
「たける」
しずかの赤い瞳が静かに細まる。
エンデは猫の姿のまま、ぴたりと動きを止めていた。
そこへ、廊下から声が飛ぶ。
「ちょ、いきなりキスとかやめなよ。キモいよ?」
リリイだった。
「初対面だよ? まじで」
ゼファーは動じない。
「挨拶だよ」
「違うから」
そして窓辺の大きな黒いカラスが、じっとこちらを見ていた。
その視線はただの鳥のものではない。
エンデの尻尾が、わずかに揺れる。
空気が、少しだけ変わった。




