干ばつの地と魔石の光
アスタナの終わらない小言をどうにか受け流し、ようやく城へと到着した。
「着きましたよ」
馬車を降りると、そのまま案内されたのは玉座の間ではなく、城の裏手――広場のような開けた場所だった。
そこには王カエサルを中心に、数人の魔法師団員、以前見かけた研究者風の老人、アブソル、そして見知らぬ男性が立っていた。
「お父様、連れて参りました」
アスタナの声に、カエサルがこちらを向く。
「うむ。ご苦労」
俺としずかは王への挨拶を済ませる。
「楽にしてよい」
そう言われて顔を上げると、隣の男性が一歩前に出た。
「ベーカー子爵だ」
年は四十前後だろうか。整えられた髭に、疲れを隠しきれない目。
「たけるです」
以前教わった通りの挨拶をなんとかこなす。
正直、ちゃんとした貴族と向き合うのは初めてだ。
「本日はどのようなご用件で?」
そう尋ねると、カエサルが顎を引いた。
「ベーカー子爵の治める土地が干ばつに見舞われておる」
「干ばつ……」
「アブソルの発明で解決できる可能性がある。だが、魔石に込める魔力が足りぬ」
つまり――俺にそれをやれ、と。
貴族とは何なのか。
以前、しずかに聞いたことがある。
この国では、土地を治める家に爵位が与えられる。
公爵、侯爵、子爵――名前は違えど、領地を預かる家だ。
本来ならば当主は領地にいるのが基本だが、この国は広い。
移動は馬車。往復に何日もかかることもある。
だから多くの貴族は王都や主要都市に屋敷を構え、そこを拠点としているらしい。
王の招集、政の会議、軍の話し合い――中央に近くなければ立ち行かない。
もちろん、領地を放っているわけではない。
代官や騎士団長が統治を任され、必要があれば当主自ら向かう。
簡単に言えば、地方に本拠地を持ちながら都市にも家を持つ。
そんな感覚だ。
人口の大半は平民。
貴族は少数だが、その中にも階位があり、下位は実務、上位は政治や軍事に関わる。
貴族街と平民街が分かれているのも、差別というより住み分けに近いらしい。
魔法や軍事の情報は簡単に外へ出せない。
秩序を守るための線引きでもある、としずかは言っていた。
正直、俺には難しい。
だが――
目の前で疲れた顔をしているベーカー子爵を見ると、
“ただの偉い人”ではなく、“困っている領主”に見えた。
「それでは、魔力を注いでもらえるか」
研究者風の老人が言う。
「いや、俺、魔法は使えますけど……魔力を注ぐってやったことないですよ?」
そう説明すると、横からすっとしずかが前に出た。
「私がやる」
魔法師団の一人が道具を指し示す。
それは大きな桶のような装置で、中央に赤い魔石が嵌め込まれていた。
「この部分に手をかざし、魔力を流すように意識してください」
「……わかった」
しずかが静かに手を差し出す。
空気が、わずかに変わる。
次の瞬間――
赤い魔石が、内側から灯るように光り始めた。
じわり、と。
「……!」
魔法師団の男が目を見開く。
光は弱くない。むしろ安定している。
「これは……」
老人が震える声を漏らす。
ベーカー子爵が一歩近づいた。
「これで……水は?」
「まだ起動はしておりません。しかし……十分な魔力量です」
しずかが手を引くと、魔石の光はゆっくりと落ち着いた。
「足りる?」
しずかが短く尋ねる。
魔法師団員が、深く息を吐いた。
「……足ります。いや、これほどとは」
俺は腕を組んだ。
(やっぱりしずか、すげえな)
王も、静かに頷く。
「では次は――」
視線が、今度は俺に向いた。
……ああ、やっぱり俺もやる流れか。




