空を飛びたい男と、迎えに来る王女
穏やかな旅の余韻が残る翌日。
ゆなはいつも通り元気に「いってきます!」と仕事へ向かい、家にはたける、しずか、エンデの三人だけが残った。
「さて……今日はどうするかな」
土木工事へ行くか迷ったが、たけるはふと空を見上げる。
「……あの荷台、かなり使えるよな」
ワイバーンを運んだあの“風の荷台”。
あれがあれば、馬車に揺られて尻を痛める必要もない。
数日かかる移動を、もっと短縮できるかもしれない。
「この世界、移動に時間かかりすぎなんだよな……」
飛行機も電車もない。
馬車は楽しいが、距離があると途端に面倒になる。
「どうせなら、快適に移動したいよなぁ」
そう呟き、庭に出る。
まずは再現だ。
風を集め、四角い荷台の形をイメージする。
ぶわり、と空気が揺れ、透明な“風の台”が現れた。
「よし」
たけるは顎に手を当てる。
ワイバーンを運んだ時は、ほとんど重さを感じなかった。
だが、男だけの旅で魔物を運んだ時は、確かに重みがあった。
「何が違う?」
「……結界」
ぽつりと、しずか。
たけるは頷く。
「試してみよう」
まずはエンデに協力してもらう。
「エンデ、ちょっと乗ってくれるか?」
耳をぴくぴくさせ、猫の姿でひょいと荷台に乗る。
たけるが風の紐を引く。
「……うん。軽いけど、少し重みはあるな」
次に、しずかが手をかざす。
淡い緑の光が広がり、エンデを包む結界が形成される。
そのまま、結界ごと風の荷台へ。
「引くぞー」
紐を引いた瞬間。
「……あれ?」
驚くほど、軽い。
ほとんど無重量に近い。
たけるは目を見開いた。
「やっぱりだ……結界に閉じ込めると、重さが伝わらない」
原理は不明。
だが、現象は確かだ。
検証を終え、三人は縁側に腰掛ける。
「しずかもエンデも、ありがとうな」
「……いい」
エンデは尻尾を軽く振る。
たけるは笑いながら続ける。
「多分な、俺が考えてること実現させるには、しずかが絶対必要だ。もし本格的に使うなら、必ず一緒だぞ」
「……わかった」
感情は表に出さないが、しずかの胸が少しだけ温かくなる。
だが、たけるは再びぶつぶつと考え始めた。
「馬車よりは早くなる。でも日数は劇的には変わらない……」
空を見上げる。
「やっぱ空飛ぶ鳥に運ばせるのが一番か?でも意思疎通できないと無理だし……風の板をもっと大きくして浮かせる?いや、制御が……」
目を閉じ、上を向きながら独り言。
これは“思考モード”だ。
しずかとエンデは慣れている。
茶をすすり、静かに結果を待つ。
その時。
――コンコン。
ノックの音。
たけるは無反応。
エンデも猫のまま。
しずかが立ち上がる。
扉を開けると、見慣れた城の護衛。
「……今度はなに?」
少しだけ呆れた声。
護衛は恭しく一通の手紙を差し出した。
「こちらをご確認ください」
中を開く。
簡潔な文字。
――明朝、迎えに参ります。準備を整えておいてください。
アスタナ
しずかは小さくため息をついた。
(……やっぱり)
今回は、ただの巻き込まれではない。
自分も同席すべきだと、直感が告げている。
「私も行く。そう伝えて」
「承知しました」
護衛は去っていった。
部屋へ戻る。
たけるはまだ上を向いている。
「……風を圧縮して推進力に……いや、それだと制御が……」
のんきだ。
また面倒なことに巻き込まれるというのに。
でも。
(これが、たける)
しずかは自分の席に戻り、静かに茶を飲む。
エンデも尻尾を揺らしながら丸くなる。
明日は、きっとまた騒がしい。
だが今は。
たけるが答えを出すまでの、
このゆったりした時間を――
三人は何も言わず、ただ静かに共有していた。




