叱られる姫と、迎えに行く妹
たけるたちが何事もなかったかのように日常へ戻っているその頃――
城の一室では、いつもとは少し違う空気が流れていた。
重厚な扉の向こう。
王カエサル、王妃ユリアナ、そしてアスタナの前に立つガラテアは、いつもの凛とした“魔法師団長”の顔ではなかった。
まるで叱られると分かっている子供のように、背筋は伸びているが、どこかしゅんとしている。
カエサルが静かに口を開いた。
「ガラテアよ。お前がこれほどまでに勝手なことをするとは思っていなかったぞ」
声は穏やかだ。
だが、そこに滲むのは確かな呆れと――わずかな寂しさだった。
「……申し訳ありませんわ」
ガラテアは目を伏せ、素直に頭を下げる。
ユリアナも続けた。
「怒るつもりはありません。あなたが我儘を言うのは初めてですもの。けれどね……今回は少し調整して、私も羽を伸ばそうと思っていたのですよ?」
その言葉に、ガラテアの肩がぴくりと揺れる。
「アスタナもそのために実務を前倒しでこなしていたのです。通達に行けば、たけるたちはすでに出発していたと聞いた時、どう思ったか……あなたなら分かりますね?」
「……はい。十分、理解しておりますわ」
しゅん、と小さくなるガラテア。
だが王と王妃は、本当に落胆しているわけではなかった。
これまで手のかからなかった娘。
完璧で、理性的で、弱音も吐かない。
だからこそ――こうして叱る機会が訪れたことに、どこか安堵している自分たちがいる。
カエサルは少しだけ柔らかい目で言った。
「私利私欲で動くと、ろくな結果にならん。そのことは分かっておろう?」
「もちろんですわ」
「ならば次からは気をつけなさい。取り返しのつかぬことが起きてからでは遅いのだ」
「……はい」
叱責はそこで終わった。
ユリアナがふっと息をつき、話題を変える。
「さて。それで、道中で何があったのです?」
ガラテアは姿勢を正し、旅の一部始終を語り始めた。
魔族の存在。
ワイバーンの襲来。
しずかの結界と、たけるの魔法。
そして、光の扉と共に消えたモルダ。
話を聞くにつれ、カエサルの表情は険しくなる。
「魔族……か」
「私も会ったことはありません」とユリアナ。
「最近出る強力な魔物が魔族領由来だというなら、各国との情報共有が必要ですわね」とガラテア。
「うむ。すぐに結論が出る話ではない。会議を設ける。対応は段階的に進めるしかあるまい」
だがアスタナが口を挟む。
「早急に調査を進めるべきではありませんか?」
カエサルは首を振った。
「干ばつ地域の対策が先だ。民の命に直結しておる」
アスタナはぐっと唇を噛む。
干ばつ対策――
平民街の店主アブソルが作った道具。
魔石に膨大な魔力を込める必要がある。
だが検証の結果、数人がかりで込めても足りない。
「……たけるに協力を仰ごうと思っておる」
その一言で、空気が変わった。
アスタナの目がきらりと光る。
「では、私がたけるさんをお迎えに行きます!」
勢いよく立ち上がる。
本来なら使いを出せば済む話だ。
だが旅に同行できなかった不満が、まだ消えていないのは明らかだった。
カエサルとユリアナは一瞬目を合わせる。
そしてカエサルが短く告げた。
「……頼む」
その言葉を聞いた瞬間、アスタナの顔にぱっと花が咲く。
「お任せくださいませ!」
軽やかに一礼し、颯爽と部屋を出ていく。
残された三人。
ユリアナが小さく笑う。
「あなた、本当に甘いですわね」
「分かっておる」
カエサルは苦笑しながら窓の外を見る。
「だがな……あれで機嫌が直るなら安いものだ」
ガラテアは、そんな両親を静かに見つめていた。
そしてぽつりと呟く。
「……たけるさんは、きっと何も分からずに巻き込まれますわね」
その予感は、正しかった。
何も知らずに夕食の献立を考えている青年の元へ――
にこにこと微笑む王女が、一つの手紙を護衛に渡していたのだから。




