魔族でも猫でも、変わらないもの
旅の余韻がまだ身体に残っている。
だが家に戻れば、やることは同じだ。
「さて、今日は何作るかなー」
たけるは台所に立ちながら呟く。
風呂を沸かし、食材を確認し、鍋に火を入れる。
エンデは窓辺で尻尾をゆらゆらと揺らし、何事もなかったかのように優雅に過ごしている。
ゆなは旅で買った小物を机に並べてにこにこしているし、
しずかは椅子に座って外を眺めている。
戦闘も、光の門も、姫の叱責も――
ここには持ち込まれない。
順番に風呂に入り、少しだけ豪華な夕食が並ぶ。
旅の帰還祝い、というやつだ。
「おお、今日はちょっと豪華だな」
「旅から帰ってきましたからね!」
「……肉が多い」
「嬉しいだろ?」
「……うん」
他愛ない会話。
だが、たけるはふと思い出した。
「そういえばさ。モルダって人、魔族なんだよな?」
箸を止める。
「魔族ってなんだ?」
なんとなくは聞いた。
だが、ちゃんとは知らない。
ゆなが説明する。
「えっと……寿命が長くて、戦闘能力が高くて……でも、別に人間と敵対してるわけじゃなくて……」
「対立とかはないのか?」
「少なくとも、今のところは」
たけるはほっと息を吐く。
「なんだ。よくある魔族と人間の抗争みたいなのかと思ってた」
「なんですか?それ」
「だよなー」
笑う。
そして、ふとしずかを見る。
「しずかは知ってた?」
「いや、知らない」
ガラテアですら知らなかった。
未知の存在。
今で言えば、宇宙人が急に現れたようなものだ。
それなのに――
「よくそんな状況で受け入れたな」
たけるはくすっと笑う。
「普通はもっと警戒したり拒絶したりするもんだぞ?」
その瞬間。
エンデを含め、全員の視線がたけるに向いた。
(何言ってるんだこいつ)
そんな空気。
「……なに?」
たけるが首を傾げる。
ゆなは苦笑し、しずかは無言。
エンデは尻尾をぴたりと止めた。
どうにも居心地が悪くなり、たけるは話題を変える。
「そういえばさ。モルダって人、やたらエンデのこと気にしてたよな?」
視線がエンデに集まる。
「エンデも魔族なのか?」
ゆなが一瞬固まる。
どう説明するか迷う空気。
だが、しずかはあっさりと言った。
「エンデは魔族」
「そうなんだ」
たけるは素直に納得する。
「まあ、魔族だろうが俺にとっては猫だし問題ないな」
エンデを見る。
顎を指で撫でる。
「お前魔族なんだなー。完全に猫っぽいのに」
「……」
「まあ、可愛いからなんでもいいけどなー」
わしゃわしゃと撫でる。
ゆなとしずかが呆れた視線を向けている気がするが、たけるは気にしない。
エンデは何か言いたげだったが、結局言葉にはしなかった。
ただ、いつもより少しだけ大人しく撫でられていた。
夕食を終え、茶を飲み。
ゆるい会話を交わして就寝。
「今日は四人で寝ませんか?」
ゆなが期待を込めて言う。
だが。
エンデとしずかが無言で拒否。
ゆなはしょんぼりと自室へ。
「また今度ですね……」
ぱたん、と扉が閉まる。
残された三人。
布団に入り、灯りを落とす。
だが。
どこかエンデが離れている。
「猫だしなー」
たけるは気にせず目を閉じる。
少しして。
しずかが小さく口を開いた。
「エンデは魔族。この世界の者ではない。それでもいい?」
質問の意図が分からない。
「うん?別にいいんじゃない?」
率直な返答。
「……そう」
少し間を置いて。
「もし、エンデが人だったらどう思う?」
たけるは目を閉じたまま考える。
猫が人型になる。
そんな設定は珍しくない。
「普通なんじゃない?」
「普通?」
「別に気にならないが」
本音だ。
驚くかもしれない。
だが、拒絶はしない。
「たけるならそう言うと思ってた」
しずかが、すっと身体を寄せてくる。
疑問は解消したのだろう。
たけるは深く考えず、そのまま眠りに落ちた。
夜中。
音もなく。
エンデがそっと近づく。
小さな身体で、たけるの脇に丸くなる。
いつもより、少しだけ距離が近い。
朝。
目を開けると。
「……あれ?」
いつの間にかエンデがぴたりとくっついている。
「珍しいな」
尻尾が、ゆっくりと揺れた。
その意味をたけるが理解するのは、まだ少し先の話だった。




