妹の怒りと、変わらない我が家の時間
光が消えた場所を、全員が見つめていた。
ワイバーンも、モルダも、跡形もない。
数十秒の沈黙。
やがて。
「なんだ今のは!?」
「消えたぞ!?」
「結界ごとだぞ!?」
ざわざわと声が広がる。
研究者も護衛も、誰も即座に状況を理解できない。
普段なら諫める側のガラテアですら、言葉を失っていた。
そのざわめきに、街の近くにいた平民たちも集まり始める。
「何があったんだ?」
「魔物はどうなった?」
空気が一気に騒がしくなる。
その時。
「お静かに!」
鋭く、よく通る声。
ガラテアが一歩前に出る。
「いなくなった事実は変わりません。お父様へ即刻報告を」
「はっ!」
護衛が馬に飛び乗り、城へ駆ける。
他の護衛は平民を下がらせ、研究者たちは消失地点を調べ始めた。
魔力残滓を測る装置を出し、地面を確認する。
その輪の外。
ぽつん、と取り残された三人。
たけるが小声で言う。
「これ、帰っていいの?」
「流石にだめじゃないですか?」
ゆなが即答する。
しずかは淡々と。
「たけるは美味しい料理を作ると言っていた。私はそれを食べたい」
「緊張感どこいった」
「……お腹は空く」
そんなゆるいやり取りをしていると――
豪奢な馬車が現れた。
蹄の音が止まり、扉が開く。
降りてきたのは、アスタナだった。
にっこり。
いつもの柔らかな笑顔。
だが。
その笑顔の奥に、薄い怒気。
「お姉さま?」
ガラテアがぴくりと肩を震わせる。
いつも毅然とした姫の姿はそこにない。
まるで叱られる前の少女。
「私が言いたい事は、分かりますよね?」
「……わたくしは何もしていません」
「何も、とは?」
一歩、距離を詰める。
「私は“私の言いたい事が分かりますよね?”と聞いただけですよ。お・ね・え・さ・ま」
その声音は優しい。
だが冷たい。
ガラテアは視線を逸らした。
「お父様もお母様も、今回の件についてしっかりと説明を求めています」
間。
「……説明していただけますね?」
たけるから見ても分かる。
今この場で一番強いのは、アスタナだ。
ガラテアは小さく頷いた。
「……はい」
アスタナはふっと笑う。
「たけるさん。また」
その一言を残し、二人は馬車へ。
扉が閉まり、城へ向かっていった。
「……姉妹って大変だな」
たけるがぽつり。
護衛に確認すると、帰って問題ないとのこと。
「じゃあ帰るか」
家に戻り。
全員が席につき。
お茶を入れ。
そして。
「はぁぁぁ……」
三人同時に、深いため息。
ゆなはテーブルに顔を潰す。
「疲れましたぁ……」
しずかも。
「……疲れた」
ぺたん、と顔を伏せる。
たけるも。
「色々ありすぎだろ……」
そのまま、しばらく無言。
ぽやっとした空気。
やがて、たけるが口を開く。
「そういえばさ。モルダさんだっけ?姫様とか言ってたけど……あれ、ガラテアのことじゃないよな?」
沈黙。
「おーい。あの人なんだったんだ?」
ゆなは顔を伏せたまま、そっぽを向く。
答えに困っている。
その時。
しずかが淡々と。
「あれは異国の人。文化が違うから、まともに考えても無駄」
「そうなんだ。文化の違いならしょうがないよなー」
(えっ!?)
ゆなは顔を上げかける。
(納得するんですか!?)
だが、たけるは本気で納得している。
ゆなは一瞬考え。
(……まあ、納得してるならいっか)
思考を手放した。
しばらく静かな時間が流れる。
家の空気は、いつものそれだ。
外では姫が叱られ、光の門が開き、魔物が消えたというのに。
ここは変わらない。
ぽつりと、たけるが言う。
「温泉、よかったなー」
「ですねぇ」
「……気持ちよかった」
「今度は四人で行きたいよなぁ」
「ですねぇ」
「……うん」
ふわふわした会話。
確かに楽しかった。
だが、どこか気を使っていたのも事実。
次はもっと、ゆるく。
四人だけで。
そんな未来を思いながら。
たけるはぼんやり考える。
(今日は何作るかな……)
世界は少しずつ動いている。
だがこの家は、今日も変わらない。
そのことが、なぜか少しだけ救いだった。




